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栄光の若き4番 岡本和真の打球は巨人の未来を示す

11/11(日) 11:51配信

テレビ東京スポーツ

巨人の4番、岡本和真。

22歳のシーズンで3割、30本、100打点。史上初の偉業を成し遂げた。だが喜びの表情はそこにない。言えば、それが「彼らしさ」だ。

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野球を始めたのは小学2年生。初めてすぐにエースで4番、打球も投球もすごかった。速球は小学4年生で110キロをマーク。高校は智弁学園。才能は見抜かれていた。ドラフト1位で巨人が単独指名。もともとは投手を指名する予定だったが、原監督の一存でそうなった。

待望の一本はプロ最初の年。3打席目。プロ初ヒットがホームラン。そして1週間後、初タイムリーのお立ち台で岡本伝説の1つとして語られるあの名言が生まれる。

岡本「初めまして!奈良県から来ました、ジョニー・デップです!」このセリフ、実は阿部慎之助の入れ知恵。人見知りで口下手な岡本を案じてのことだった。

だが、期待のスラッガーはその後、伸び悩む。

2年目以降、1軍にすら定着できず、プロ入りから3年でホームランはわずか1本に終わる。伸び悩む岡本の脳裏にある不安がよぎる。だが、成長を支える礎は人知れず築かれていた。手を差し伸べたのは、同じポジションのライバルでもある村田修一だった。

「レギュラーになるんちゃうんか?もっと試合に出るんちゃうんか?」村田は年下のライバルを叱咤激励した。惜しみなくその技術と、その魂を岡本に授けた。その村田は巨人を去った。岡本は村田の背番号をも受け継ぐことになった。村田の教えを岡本は背負う。

そして開幕した今シーズン。6番に座った岡本は開幕2戦目に一発を放つと、翌日も。その後は主軸を任され、5月までに9本のホームランを打つ。

躍進の陰にはある人物との二人三脚があった。それが二岡打撃コーチだ。二岡コーチの指導で岡本は打撃フォームを変える。さらに岡本は毎日、試合前のバッティング練習が終わるたびに、二岡コーチのもともに歩み寄り、その日の感触を報告していた。

そして6月。その瞬間は訪れる。伝統の巨人軍、第89代4番についに座ったそして最初の打席!10号ホームランをレフトスタンドに叩き込んだ。そして新4番は量産体制に入る。

もちろん人知れず常に努力を怠らない。関東で行われるビジターの試合の日には7時間前に、岡本は必ずジャイアンツ球場に足を運び、一人黙々と打ち込む。

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