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築46年なのに、なぜ「中銀カプセルタワー」に人は集まるのか

11/14(水) 7:31配信

ITmedia ビジネスオンライン

 銀座、新橋、築地――。その中間くらいのところに、ちょっと気になるビルがある。立方体の箱が積まれていて、丸い窓がたくさん並んでいる。そんな不思議な形状のビルを目にしたことがある人も多いかもしれない。その名は「中銀(なかぎん)カプセルタワービル」だ。

46年前のオープンリールやテレビなど。カプセルの中を見る

 「そんな建物は知らないよ。見たことも聞いたこともない」という人に、簡単に説明しよう。近未来を感じさせられるデザインは建築家の黒川紀章さんが手掛けていて、カプセルは取り外しが可能である。世界初のカプセル型マンションができたのは、1972年のこと。冬季オリンピックが札幌で開かれたり、オセロが発売されたり、刑事ドラマ『太陽のほえろ!』が放送されたり。そんな年に、このビルはにょきにょき完成したのである。

 建物は地上13階建てと11階建ての2棟からなっていて、3階以上に140個のカプセルがある。部屋の広さは4.5畳で、その中にユニットバスが備えられているが、キッチンはない。46年前に建てられたにもかかわらず、一度も大規模修繕工事を行っていないので、お世辞にも「キレイ」とは言えない。

 ところどころ老朽化が進んでいて、廊下の壁がはがれていたり、雨漏りがしていたり、お湯が出なかったり。しかも、10年ほど前から取り壊しの話が持ち上がっているのに、不思議なことがひとつある。この建物を求めて、人が殺到しているのである。「物件を買いたい」「部屋を借りたい」「見学ツアーに参加したい」という人がたくさんいるのだ。

 部屋は狭くて、古くて、使い勝手が悪い。そんな条件が並んでいたら、「ちょっと、無理。住めない」となるはずなのに、なぜ人が集まるのか。その秘密について、中銀カプセルタワービル保存・再生プロジェクトで代表を務めている前田達之さんに話を聞いた。聞き手は、ITmedia ビジネスオンラインの土肥義則。

「サラリーマンのために」建てられた

土肥: 首都高を運転していると、このビルって目立ちますよね。立方体の箱がいくつも積み上がっていて、丸い窓がたくさん並んでいる。外観を見るだけで「この建物はただ者じゃないな」と感じるわけですが、こうしてナカに入ってみるとやはりフツーではない。

 部屋には、造り付けの家具が設置されていて、そこに家電が組み込まれていますよね。テレビ、ラジオ、電話、時計のほかに、オープンリールデッキ(リールに巻きつけただけで、カセットに入れていない磁気テープ)まである。扉を開けると、ユニットバスがある。いわゆるワンルームマンションのような形ですが、大きな違いはキッチンがないことと、丸い窓が開かないこと。46年前に完成したとは思えないほど斬新なデザインがあちらこちらで楽しむことができますが、当時はどういったコンセプトで建てられたのでしょうか?

前田: もともとこのビルは「サラリーマンのために」建てられました。いまは「働き方改革」が叫ばれていて、労働時間を減らして効率的に働くことはいいことだ、といった雰囲気が漂っていますが、当時は違う。朝早くから夜遅くまで働いて、家には帰らない。残業はこの部屋に持ち込む。こうしたライフスタイルに憧れた人たちが、この物件に魅力を感じていたのではないでしょうか。

 そうした層をターゲットにしていたので、部屋にはキッチンがありませんし、洗濯機の置き場もない。なぜなら食事は外で済ませて、洗濯はコンシュルジュに頼むことができたから。

土肥: 洗濯物をコンシュルジュに預けるって、なんだか抵抗感があるなあ。

前田: 当時、このビルにはさまざまな人が働いていました。管理人、ルームキーパー、エンジニアなどのほかに「カプセルレディ」と呼ばれる人もいました。

土肥: カプセルレディ? ネーミングが気になりますが、どんなことをしていたのですか?

前田: タイプライターで書類を作成したり、英語を翻訳したり、コピーをとったり。カプセルで暮らす人たちのビジネスをサポートするレディが常駐していました。

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