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[インタビュー]「来年は少女像を建てるためにドイツの様々な機関と接触しています」

2018/11/14(水) 8:41配信

ハンギョレ新聞

在独「公益法人風景」のマルティン・シュミット監督

 「平和の少女像周辺の建物の高いところから少女像を見下ろしてみたいです」。12日午前、ソウル鍾路区(チョンノグ)の在韓日本大使館近くのカフェで会ったドイツ人のマルティン・シュミット氏はこのように語った。彼は昨年末、ドイツに「平和の少女像」を建てるため、在独韓国人と地元の人約10人が立ち上げた「公益法人風景」(代表イ・ウンヒ)の芸術監督だ。「風景」は今年8月に少女像を女性博物館に建てようとしたが、実現しなかった。当初、建立を約束した博物館が留保的な態度を示したからだ。このような態度の変化には、日本政府の圧迫が影響したものと見られる。

 ボンに永久に位置する予定だった少女像は、その代わり8月14日から6週間にわたり、ハンブルクのドロテー・ゼレ・ハウスで展示された。今、この少女さんがどこにいるかは「対外秘」だ。彼は展示期間中に駐ハンブルク日本総領事館を訪れた。「総領事館に呼ばれて行ったら、『日本政府はいかなる形の少女像もドイツに建設されることを反対している』と言われました」

 「風景」の芸術監督の役割は?「少女像が入る適切な場所を探しています。ドイツ全域の多くの機関と接触し、我々のプロジェクトを紹介して助けを求めています」。彼は少女像の8月の建立が失敗に終わる過程を見て、「本当にどんなに大きな負担がかかっても、動揺しないパートナーが必要だということを確認した」と語った。いつ頃少女像の建立が可能になるだろうか?「希望年度は2019年です」。最も困難なことは?「日本政府の介入です」

 彼は少女像の彫刻の美学的側面にも関心を持っている。深く研究して単行本にする計画だ。今月10日には、少女像を作ったキム・ソギョン、キム・ウンソン夫妻と果川現代美術館で2時間以上対話を行った。少女像の芸術性を評価するとしたら? 「美学的にとても高いレベルです。高度の抽象を追求しながらも、形は自然です。また大げさなジェスチャーも見当たりません。悲劇的だったり、ドラマチックな要素も排除されています。金銅弥勒菩薩半跏思惟像(国宝第83号)の静けさを連想させます」

 彼はベルリン自由大学で美術史研究で博士号を取得した美術史学者だ。「ゲーテと彫刻家のゴートフリート・シャドーが美術の本質について討論する内容を博士論文で取り上げました」。1995年以降は美術品取引の仕事をしてきた。フランクフルト美術競売会社で働いた経験もあり、現在は美術品取引・展示専門コンサルタントとして活動している。「世界中の作家約20人の作品を主に取引しています」

 2004年からは独立出版物の「リガーデール(regardeur)シリーズ」の著述も行った。尹伊桑(ユン・イサン)や李弥勒(イ・ミルッ)、シカゴにあるゲーテ記念碑などをテーマにこれまで9冊を書いており、10冊目は「平和の少女像」を取り上げる計画だ。

 少女像の作家たちとはどのような話をしたか? 「作家たちのロールモデル、そして作家たちはいかなる芸術的流れの中でいるのか知りたいと思っていました。会話を通じて、彼らが民衆美術作家であり、大都市のあちこちに散在している遊戯的で商業的な作品の作家とは明確に区別されることがわかりました。また非常にインテリジェントな作家であるという点も」

 日曜日の11日には「ナヌム(分かち合い)の家」を訪れ、数時間滞在した。「ナヌムの家の訪問を通じて、歴史についてより深い知識を得られました」。彼は「そこで日本の軍隊でだけ通用していた軍票を見ました。これは性奴隷被害者らに自由がなかったという具体的な証拠です。慰安所は完全に不自由な所でした。突撃1番と書かれたコンドームも見ました。日本軍がセックスを殺人の技術と結合したという明らかな証拠です」

 彼にとっては今回が1998年以来20年ぶりの韓国訪問だ。日本大使館前の少女像を実物で見るのは初めてだ。「少女像が水原のように、広い公共の場所にあったらもっと嬉しかったかもしれません。(大使館前の少女像が)車道に近い歩道の低いところにあるため、人々がそのまま通り過ぎる恐れもあると思います。少女像が周辺の環境と調和した形で置かれるか、壇上にあった方がいいと思います」

昨年、在独韓国人や地元の人たちと共に「風景」設立  
ドイツ内に少女像の建立を推進  
8月、ボン博物館での建立は実現ならず  
「最大の障害は日本政府の介入  
少女像の芸術性をテーマにした本を出版する」 
移住民のテーマへの関心持つ美術史学者

 美術史学徒である彼が関心を持つ大きなテーマは「移住民」だ。ドイツ内の移住民はもちろん、他国に行ったドイツ移住民にも心引かれるという。日本国歌である君が代と大韓帝国の愛国歌を作ったドイツの作曲家フランツ・エケルトを研究したのも、このような理由からだ。ドイツに住む中国の画家らやドイツのトルコ建築物に関する研究も行った。少女像に対する関心はいつから?「2002年頃、あるギャラリーでイ・ウンヒ代表に会い、イ・ウンノ画伯の話をしているうちに、少女像の話を聞きました。エケルトの研究をしていたことで韓日間に敏感な問題があるということをよく知っていました」。自国の過去の歴史も少女像に対する関心を持つ契機となった。「我々には常に過去ナチスドイツが起こした戦争犯罪を整理する問題が存在します。そのため、他国がいかに過去の歴史を整理するのかに関心を持って見守ってきました」。

 彼は「過去を直視しない限り、平和な未来はない」と考えている。ドイツの過去史整理についてはどう思うか?「幸い多くの研究所が戦争犯罪について客観的に研究しています。市民は第二次世界大戦時にナチスドイツが犯した犯罪をよく知っています。(ドイツ国民が)反省しているからこそ、首都のど真ん中にホロコースト記念碑も建てられたのです」。歴史を退行させようとする極右など一部の動きについては、このように語った。「我々が暮らしている民主主義社会では、誰もが自分の意見を言うことができます。民主主義社会は、一部の人々が抱いている狂った考え方も我慢しなければなりません」

 彼は冥想教師の資格も持っている。「最近のように目まぐるしく回っている世界で、瞑想修練は静けさを与え、人と芸術を賢く理解できる可能性を与えてくれます」

カン・ソンマン先任記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:2018/11/14(水) 8:41
ハンギョレ新聞

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