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家族と暮らせない子はかわいそうですか? 施設で育ったお笑い芸人を主人公に映画を撮った理由

11/17(土) 11:02配信

BuzzFeed Japan

「俺たちなんていくら頑張っても幸せになんてなれないじゃん」

20分の短編映画の中盤、児童養護施設出身の主人公が同じく施設出身の友人にふと漏らしたこの一言が、映画を見る一人ひとりに重くのしかかる。

「そんなことない」と、大して考えもせずに無責任な慰めの言葉をかけたくなる。でも、胸を張って「そんなことはない」と言い切ることはできるのだろうか?【BuzzFeed Japan / 千葉雄登】

この映画の監督・西坂來人さんは施設で過ごした経験を持つ自分自身の弱い一面を主人公に背負わせたと明かした。

「僕も将来に対して希望なんて持てなかったんですよ。社会の見えないところに隔離されてしまっているような気がして、諦めてしまっていました」

進学をしたいという願いさえも、時に阻まれてしまうこともある。社会的養護のもとを巣立った人の多くは、誰に頼ることもできずに自分の力だけで生きていかなくてはいけない。生活費を稼ぎながら、専門学校や大学へ通うことは容易ではない。

さらに、アパートを借りるときに必要な保証人を頼める人がいないケースも多い。家を借りることにも一苦労。銀行口座の作り方すらわからずに、戸惑ってしまうこともある。

「もちろん誰かに聞けばいいということはわかってます。でも、聞くことすら恥ずかしいと感じてしまう人がいるのも事実なんです」

あるとき、父の暴力で家族がバラバラになった。

西坂さん自身、小学5年生の後半から中学校へ上がるまでを弟と妹と一緒に児童養護施設で過ごした。原因は父の家庭内暴力。母への暴力は日に日にエスカレートし、一家は離散した。

母と離れて明かした最初の夜のことはいまでも覚えている。児童相談所の一室に布団を敷き詰め、3人の弟と1人の妹と5人一緒にぎゅっとくっついて眠った。必死で寂しさを堪えた。その日の夜は寒く、外では雪が降っていた。

「当時、すでに小学5年生だった僕は、なぜ児相に保護されるのか、事情はだいたい理解できていました。でも、まだまだ小さい弟たちは何もわからずに不安そうにしていたんです。だから、自分が守らないといけないと思いました」

「最初、児童相談所で保護されたときには母親と離れるのはあくまで一時的だと言われていました。母にもすぐに迎えに来るから、と声をかけられて」

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最終更新:11/17(土) 11:02
BuzzFeed Japan

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