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東京の「色街」跡でアコウダイの煮付けを食う

11/18(日) 0:10配信

DANRO

十一月の半ば、仕事を終えて帰宅しながら、ふと思い立って途中下車した。通っていた床屋がいまどうなっているのか、久しぶりに見に行きたくなったのだ。

【画像】東京の「おひとりさま」の自宅拝見

都営三田線の春日駅から、十二年ほど住んだ西片のマンションの脇を抜けて、本郷台地と白山通りに挟まれた細い路地を歩く。二年前に閉じた店は看板が外され、凝った内装も取り壊されてコンクリートの壁がむき出しになっていた。(氏家英男)

矢沢好きのべらんめえマスターがいた

「リトローザ」は、足掛け十五年は通っていたお気に入りの床屋だった。職人気質のマスターは下町生まれのべらんめえで、大きなバイクに乗っていた。店ではいつも矢沢永吉をかけていて、バイク乗りのお客もよく立ち寄っていた。

でも自分が店に行くと、マスターは矢沢をチャイコフスキーかなんかに替え、口調も物静かになった。「矢沢かけてよ」と言うと、俺の本当の地はこっちなんすよ、と笑った。どこか育ちのよさを感じさせ、洒落た色気のあるサービス精神の旺盛な人だった。

歳はちょうど十個上で、修業時代は播磨坂(はりまざか)の上のアパートに住んでいたらしい。「東京の桜では播磨坂が一番好きですよ」と言うと、マスターも、あそこは本当にいいよね、と懐かしそうに振り返った。

新規事業や転職などで悩んでいるとき、「リトローザ」に行ってカットしてもらうと頭がすっきりした。意見をもらおうと相談を持ちかけても、マスターは「もう答えは出てるんでしょう」としか言わず、静かに話を聴くだけだった。

二年前の四月、店に行くとマスターは今までで一番清々しい顔をしていた。長女が司法試験に合格して司法修習に入り、次女も国家資格をとって就職を決めたという話だった。次女とお祝いのデートをしたら、「パパは私にとって最高のオトコ」とか色っぽいことを言われたと自慢し、目尻を下げていた。

そしてこの春から心機一転、第二の人生を歩むと宣言した。歳は五十七、八の還暦前。西片に住む常連の財界人に「お前の代わりはいないんだから、身体だけは大事にしてくれ」と言われ、昼休みを長めに取ることを決めたと聞き、大賛成した。

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最終更新:11/18(日) 0:10
DANRO

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