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宮崎駿の“戦友”だった、ある女性の物語。彼女は「ジブリの色職人」と呼ばれた

11/18(日) 12:14配信

BuzzFeed Japan

2年前の秋のことだった。長年にわたってスタジオジブリを支えた一人の女性スタッフが、77歳でこの世を去った。【吉川慧 / BuzzFeed Japan】

【画像】ジブリ美術館「映画を塗る」展の様子

その人の名前は、保田道世さん。

「風の谷のナウシカ」(1984年)から「風立ちぬ」(2013年)までの約30年間、ほぼすべての作品でキャラクターの表情、服や道具の色を決める「色彩設計」を務めた。

そんな保田さんの手腕を紹介する「映画を塗る仕事」展が、東京・三鷹市の「三鷹の森ジブリ美術館」で11月17日から始まった。

「ジブリの色職人」保田道世の軌跡

保田さんは1960年代、宮崎駿監督や故・高畑勲監督と「東映動画」で出会った。

東映動画は、日本初のカラー長編漫画映画「白蛇伝」を制作。「東洋のディズニー」を目指した会社だった。

当時は日本のアニメーション黎明期。3人は労働組合運動を通じて知り合った。

保田さんは、高畑監督のデビュー作「太陽の王子・ホルスの冒険」(1968年)やテレビアニメ「母をたずねて三千里」などにも参加。3人は苦楽を共にしてきた。

保田さんはカラーチャートを片手に、二人の監督と相談しつつ、ジブリの色を生み出してきた。

宮崎監督は「戦友」、高畑監督は「同志」と呼んだほど。それだけ信頼が厚かった。

保田さんも、二人の監督の個性を把握していた。「千と千尋の神隠し」(2001年)の制作時には、こんな言葉を残している。

「宮崎監督は、昔は具体的に『ここはこんな色』『もっと明るく』などと細かく話したけれど、最近は言葉が少なくなりました。『もののけ姫』あたりから違うところに踏み込んだ感じ。わずかな色の違いよりも、もっと大きなイメージが監督の頭の中にあるのではないでしょうか」
(読売新聞 2001年1月1日朝刊)

今回の展示は、宮崎監督や高畑監督が思い描いたイメージを実現しようと、保田さんをはじめスタッフたちが試行錯誤した軌跡が垣間みえる構成になっていた。

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最終更新:11/19(月) 11:27
BuzzFeed Japan

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