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男の子はいかにして鉄道ファンになったのか 「鉄道BIG4」の2人に聞いた

11/18(日) 14:10配信

乗りものニュース

ベランダの目の前が

 テレビ番組で「鉄道BIG4」としても活躍するホリプロの南田裕介マネジャーと、お笑いトリオ「ななめ45°」の岡安章介さん。2018年11月16日(金)より、TSUTAYAプレミアムで2人が出演する子ども向け新番組『南田の鉄道ファーン!』が始まりますが、そもそも「南田裕介」と「岡安章介」という“ふたりの男の子”は、どうして鉄道ファンに、「鉄道BIG4」になったのでしょうか。

【写真】ゴムタイヤを装着した新幹線(本物)

乗りものニュース編集部「岡安さんと南田さんは、子どものころから鉄道がお好きだったんですか?」

岡安章介さん「父が鉄道好きで、さらに家のベランダから高崎線や宇都宮線の電車が目の前に見える環境で、小学4年生まで育ちました。通っていた小学校も線路沿いで、学校から列車をよく見ていました。鉄道好きの友達も結構いて、時刻表を見ながら誰が一番駅を覚えられるか競争をしたりしましたね」

南田裕介さん「鉄道は幼稚園くらいのころから好きです。小学校時代は、ランドセルを家に置いたらその後はずっと駅にいるような子どもでした。最寄りが関西本線の大和小泉駅(奈良県大和郡山市)だったんですが、そこでずーっと。17時台から本数が増えるんですけど、降りてくるお客さんを迎える駅員さんの動きを『ああ、かっこいいなぁ』と思いながら眺めていました。あと“環境”にも恵まれていて、東京と福岡に親戚がいたので、新幹線や、東京だと寝台急行「銀河」にも乗ったりしてました。奈良に住んでいながら、図鑑に載っている都会の鉄道車両を生で見られたのが良かったですね。あと、家にマイカーがなかったのも良かったです。何をするにも電車移動でしたから、親には感謝しています(笑)」

奈良駅に特急が来た日

編集部「鉄道を好きになったきっかけをあえて挙げるとすれば、何でしょうか?」

岡安「父が鉄道模型のNケージをやってました。それを見て、自分もお年玉で車両を買って、父のジオラマで走らせていました。4両編成でないと走らせてはならないという厳しいルールがありました(笑) 最初に買ったのは、自宅の前を走っていた115系電車です。次が山手線の103系。そのあと新幹線を買おうとしたら『ジオラマに合わないからやめてくれ』と父に言われたのを覚えています。ジオラマが田舎タイプのやつだったんで……」

編集部「鉄道模型がお好きだったんですか?」

岡安「そうですね、父のNゲージを見てかっこいいなと。『プラレール』を卒業して小学2年生くらいからNゲージに手を出しました。『プラレール』は2DKの家じゅうにレールを敷いて、途中に『大宮駅』を作って分岐させて、黒磯行きと高崎・前橋行きに分けて弟と遊んでいました。弟は『プラレール』までは鉄道好きだったんですが、その後はファミコンのほうに関心がいっちゃいましたね」

編集部「南田さんは、どんなきっかけがあったのでしょうか?」

南田「きっかけかどうか分からないんですが、『鉄道が好きだ』という思いを改めて強固なものにした経験として、『鉄道が全国とつながっている』ということを身に染みて実感する出来事が2回あったんです。1回目は、関西本線の王寺の車両基地が台風で被災して水没した際、関東から101系電車が応援でやってきたときです。2回目は、東北新幹線が開業した頃に485系電車が大移動した時期がありましたよね。急行『きのくに』を特急『くろしお』に格上げするため485系が東北から送られてくるわけなんですが、一時期、その何編成かが奈良駅に留置されていたんです。奈良県は国鉄特急が走らないことで有名だったんですが、回送とはいえ特急が来たんですよ。はじめは信じてなかったけど、奈良駅で実際に見て『ほんとだぁ』と。大和小泉駅の線路は全国につながっているんだと実感したのが、鉄道の魅力に取りつかれたきっかけです。急行『きのくに』の最終日は、翌日からの特急『くろしお』運行に備えて送り込まれた485系を撮ったりしていました」

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最終更新:11/20(火) 14:13
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