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<地域づくり×移住>記者から「森林ガール」転身 山と海を守り育てる最前線に 岩手

11/21(水) 15:00配信

岩手日報

 なぜ全国紙の記者を辞めて岩手に移住?もう何十回と聞かれたであろう質問にも丁寧に答えてくれた。「2011年に東日本大震災が起きて、自分も直接復興に携わりたいという気持ちが強くなったのが一番です。でも、最初に岩手に来た時から1次産業の魅力に引かれていました」

 震災被害が大きかった岩手県の沿岸部釜石市に14年に移住した手塚さや香さん(39)。復興支援員として釜石地方森林組合で活動しており、三陸の豊かな山と海を守り育てる「森林ガール」として、復興の最前線に立つ。

◇価値観広げた初任地での出会い

 「ここは山火事現場なので、地面に栄養がなくなっているんですね。今日は、ナラの苗木を植林します。ナラは広葉樹なので、葉が落ちるとそのまま栄養になるんです」

 リアス海岸の造形美を臨む釜石市尾崎半島の林野。昨年、約400ヘクタールを焼いた大規模な山火事現場を、ヘルメット姿で歩く手塚さん。この日は、6年前から毎年復興支援活動で釜石市を訪れている神奈川県の千代田化工グループの6人が植林活動に精を出した。

 「ありがたいですよね。震災から7年たってもこうして足を運んでくれるのは」。手塚さんはすっかり地元釜石市民の目で作業を見つめる。早朝から荷物を積んだワゴン車に6人を乗せ、急勾配の斜面を運転して現場にやってきた。

 埼玉県出身の手塚さんは01年、大手新聞社に入社。最初の配属が岩手の盛岡支局だった。記者として、社会人としてのスタートを切ったこの地での出会いが価値観を大きく変えた。

 全校児童10人にも満たない山奥の分校を支える地域の人々。黙々と海に対峙(たいじ)する漁師の姿。「自分が知っていると思っていた世の中は一部だった」。豊かさの物差しは、出会いの数だけ見つかった。特にも魅力的に映ったのが、農業や漁業、林業の現場。「これだけ海や山が身近にあって、暮らしに根付いているのはすごい」

◇「もっと復興に携わりたい」

 その後、東京や大阪本社で学芸分野を担当していたころに起きた東日本大震災。「すぐに駆け付けたい」という気持ちを抑え、ボランティアや取材の機会をつくっては被災地に通い続けた。

 希望がかなって13年、2度目の盛岡支局着任。震災のニュースが減る一方で、思うように復興が進まない現場を目にするうち、報道とは違う形で携わりたいとの思いが募った。「今の1次産業に不足している部分で、力になれることがあれば役に立ちたい」

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最終更新:11/22(木) 20:40
岩手日報

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