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貴景勝初V理由に「元貴乃花親方の教えと部屋移籍による解放」

11/27(火) 5:00配信

THE PAGE

 大相撲九州場所で小結の貴景勝(22、千賀ノ浦部屋)が初優勝を飾った。22歳3か月。幕内最年少。6場所制となった1958年以降では、歴代6位のスピード記録で、ちなみに1位が前師匠の元貴乃花親方(花田光司氏)の19歳5か月である。

「緊張する自分と向き合って、できるだけうまくバランスをとるというか。白星を求めないから良かったと思う。うれしい。お世話になった方々に感謝したい」
 表情は変えず言葉数は少ない。
「勝っておごらず、負けて腐らず。土俵上で感情を上下させてはならない」
 これも元貴乃花親方の教えである。
 だから、今場所、初日に横綱の稀勢の里から金星を奪っても、優勝のかかった14日目に高安に惜敗したときも、土俵上で一喜一憂はまったくせず無表情を貫いてきた。

 平成以降に初優勝した力士は31人いるが、公称175センチの身長は最も低い。短い手足とゴムまりのような体形を生かし、低く鋭い立ち合いから、爆発的な押し相撲で13勝2敗の好成績を残した。

 実は、激動の中でむかえた九州場所だった。

 元貴乃花親方が9月末に日本相撲協会を電撃退職。約4年間も世話になった部屋が消滅し、同親方の兄弟子だった千賀ノ浦親方(元小結隆三杉)の千賀ノ浦部屋に移籍した。貴景勝は、当然、千賀ノ浦親方の指導をほとんど受けていない。元貴乃花親方に手塩にかけて育てられた訳で、はからずも、その指導力の高さを実証する形となった。
 だが、皮肉にも部屋が消滅、移籍した途端の大ブレイクである。厳しい教えと同時に、その元貴乃花親方からの“解放”があったからこその初優勝と見る向きは多い。

 今場所15日間、貴景勝は朝稽古をほとんどしていなかった。毎朝8時半頃にまわしをつけて姿を見せるものの、四股を数回踏み、すり足、てっぽうなど基礎メニューで体を動かす程度。時間にすれば10分前後の時が多かった。千賀ノ浦部屋は九州場所の宿舎を引っ越してから日が浅く、稽古場が非常に粗末で土こそ盛っているものの、俵がなく、土俵と呼べないようなものだった。
 それが申し合い、三番稽古といった相撲をとる稽古を行わない理由の1つだったが、朝稽古取材に訪れた報道陣とは30分前後、談笑し、リラックスしていた。貴乃花部屋だった秋場所までとは正反対のスタイルだ。

 対して貴乃花部屋時代はどうだったか。

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最終更新:11/28(水) 13:25
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