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映画「ラストエンペラー」から消された“幻のシーン”。ベルトルッチ監督が遺した謎とは

11/27(火) 17:23配信

BuzzFeed Japan

映画「ラストエンペラー」「ラストタンゴ・イン・パリ」「1900」などで知られるベルナルド・ベルトルッチ監督が11月26日、ローマ市内で死去した。77歳だった。【吉川慧 / BuzzFeed Japan】

ベルトルッチ監督は中国・清朝最後の皇帝溥儀(ふぎ)を描いた「ラストエンペラー」(1987年)でアカデミー賞9部門を受賞。世界的な巨匠として名を馳せた。

辛亥革命による清朝滅亡、日中戦争、中華人民共和国の成立と文化大革命――。

「一番興味を持ったのは、溥儀が一生に経験した変身(メタモルフォーゼ)というものです」「龍(皇帝)から一市民へ」(*1)

イタリアの巨匠は自らこう語ったように、波乱に満ちた溥儀の生涯を壮大なスケールでスクリーンに投影した。

中国政府の協力下、皇帝の住まいだった旧紫金城でも撮影したことも話題になった。

当時の中国は、毛沢東の死後に復権したトウ小平の下で「改革開放」に乗り出していた。

かつて文化大革命の嵐が吹き荒れた中国で、外国人監督の映画撮影が許されたことは、世界に大きな驚きを与えた。

ベルトルッチ監督も、「私がメタモルフォーゼの物語を描くことができるのは、中国がメタモルフォーゼの過程にあるからこそなのです」(*1)と述べている。

そんな「ラストエンペラー」には、カットされた“幻のシーン”があるという。

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昭和天皇を演じた日本人青年がいた。米俳優、ジョン・ローンふんする「溥儀(ふぎ)」が、東京駅頭で握手する軍服姿の「昭和天皇」として登場する。

だが、日本で公開されたフィルムの中からは、このシーンはカットされ、天皇の姿は消えた。
(毎日新聞1989年8月1日朝刊)
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映画から消された、溥儀と昭和天皇の「握手」

溥儀は生涯に2度、日本を公式訪問している。初訪日は1935年4月。満州国皇帝となっていた溥儀は、戦艦比叡で横浜港に上陸。汽車で東京へ向かった。

お召し列車は東京駅3番ホームに到着。出迎えたのは昭和天皇だった。軍服姿の二人は握手を交わす。異例の歓迎ぶりだった。

ベルトルッチ監督は、そんな史実を映画で再現しようとした。

歴史的にも大きな意味を持つシーンだった。当時の日本は、満州国を傀儡として操っていると国際社会から批判されていた。

そんな中、日本は溥儀を“盟邦の君主”として歓待。満州国は日本の操り人形ではなく、「対等」だと世界にアピールするために、軍部が演出したものだった。

溥儀自身も、国民と軍に絶大な権威を持った昭和天皇の姿が眩しく映ったようだ。さらに、自身の権威を強化するため昭和天皇の威光を利用できると考えた。

溥儀は自伝にこう記している。

「日本皇室のこのもてなしによって私はますます熱にうかされ、皇帝になってからは空気さえ変ったように感じた。私の頭には一つの論理が出現した。天皇と私とは平等だ、天皇の日本における地位は、私の満州国における地位と同じだ、日本人は私にたいして、天皇にたいするのと同じようにすべきだ」(*2)

1935年5月、満州国に戻った溥儀は国民に向けて詔書を発した。そこにはこんな一文があった。

「朕 日本天皇陛下と誠心一体のごとし」

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最終更新:11/27(火) 17:40
BuzzFeed Japan

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