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日本男子マラソン低迷 箱根駅伝“悪者論”に名物TV解説者が反論

11/29(木) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

 正月恒例の箱根駅伝が約1カ月後に迫った。今年の関東地区の平均視聴率は29・5%(往復平均=ビデオリサーチ調べ)をマーク。注目度は抜群だが、一方で「箱根駅伝で燃え尽きてしまうから、日本のマラソンは五輪で結果を出せない」との指摘もある。箱根駅伝の名物解説者で、今回、「箱根駅伝 強豪校の勝ち方」(文春新書)を上梓した碓井哲雄氏に話を聞いた。

■高卒ランナーがいなくなった

 ――箱根駅伝がマラソンをダメにしているという人がいますね。

「実に多いですね。今回、本を出させていただいた理由もその辺りです。はっきり言って、箱根駅伝は利こそあれ害なんかないし、むしろ20キロ走はマラソンにいいくらいです。そもそもそういう問題の立て方がおかしいんでね。時代の移り変わりを考えないと迷路にはまる。箱根駅伝は1世紀前からほとんど変わっていませんが、大学は変わった。戦前に大学に行くなんて人は珍しかったんですよ。1960年代の私たちの頃も高卒が大半で、高校―実業団―(たまには)大学という学歴で、高校―大学―実業団ではなかった。マラソンは究極の持久走で、拘束時間が長い。まして4年制の大学生活はマラソンの準備時間にならない。“マラソン日本”をつくったのは高卒の実業団選手だった。山田敬蔵、重松森雄、佐々木精一郎、君原健二、寺沢徹、円谷幸吉、宗兄弟、中山竹通、森下広一、みなそうですね。瀬古君は天才ですから例外で(笑い)。彼らは大学に行く代わりにマラソンに必要な心身のスタミナを蓄えた。いまはほとんど大学に行きます。大学を出てからマラソンを走れといっても時間は残っていないんです。昔のオリンピックのマラソン代表はほとんど高卒、それが北京大会以降の3大会はすべて大卒。これは大卒が強くなったんじゃなく、高卒ランナーがいなくなったからです。下積みの質も量も違います。時代が変わったのにメカニズムを無視して現象だけとらえるから、箱根駅伝が悪いなんて答えになる。言いがかりですね、はっきり言って」

 ――箱根駅伝に限らず、実業団の陸上まで駅伝が中心になった本末転倒はどうして起きたんでしょうか。

「かつて、駅伝はトラック長距離やマラソンの練習の一環という位置付けでした。それが変わったのは、駅伝の方に人気があったからです。本末転倒を言うなら、需要と供給の関係に従ったということ。いままで通りファンは応援し、選手は鍛錬しています。混乱させているのは、選手とファンの間、すなわちメディアの評価じゃないでしょうか。何でもかんでも世界を目指せとかね。いまの選手は必ずしもそうじゃないし、大会にも世界の登竜門なんて位置付けはありません。若者にマラソンを目指して欲しいし、みんなが共有できる夢を持って欲しいですよ。でも、何を目指すかは選手の自由です」

■持久走は肉体に不条理

 ――マラソンに付き物の根性論、さらにはこのところ問題になっているパワハラについてはどうお考えですか。

「我々の時代に、先輩に殴られたり後輩を殴ったりしたのは事実。いま思えばめちゃくちゃでしたけど、あの時代は、はっきり言って、コミュニケーションとか話し合いという考えは世間一般に希薄でした。親子、師弟、先輩・後輩、どこでも力関係が絶対で、話し合いという日常生活が生まれたのは戦後でしょう。話し合いという手段がなかったから手が出た。いまの社会は民主主義、話し合うという手段があるんですから、殴っちゃダメです。ただ、問題は長距離の指導でね。この本でもしつこく書きましたが、マラソンのような持久走は肉体に不条理で、限界まで追い込む練習を積み重ねないと進歩しないんです。もうダメだというところで、あと1周を走る、それでようやく一歩前に進む。選手だけではできない、誰かが鬼になって追い込まないと。日本の名選手もコーチが嫌いでした。本にも書きましたが、おとなしい中尾隆行さんが、あの中村清さんに食って掛かったんです、走るのは俺だぞって。君原さんも宇佐美さんも、瀬古君も中山君も……でも、コーチの必要性は知っていた。死力を尽くす繰り返しが練習なので、はたから見たら暴力的に見えるかもしれない。それは叱咤激励なんです。でも、もはや手を出しては指導者失格です」

 ――日本選手がマラソンでケニア勢に勝てる可能性はどうですか。駅伝をマラソンに有効活用できませんか。

「今年のボストンマラソンで、川内優輝君はケニア勢のトップに勝って優勝していますよ。雨風が強かったとか、記録が低調だったとか言って評価しない人が、日本のマラソンをダメにしている。そもそも標高2000メートルに住んでいる人と、我々の心肺機能が同じはずがない。彼らのスピードはあくまで参考で、それを軸に据えると無理が出ます。瀬古君が走っていた神宮外苑は標高30メートルですよ。でも、日本には伝統がある。一般の理解、沿道の支持は、どの国にもあるわけじゃありません。それを頼りに挑戦すれば記録は必ず向上します。世界のマラソン100傑の90%はアフリカ勢でも、もし賞金レースがなくなったら、日本は間違いなくマラソン王者に復活します。設楽悠太君は1億円もらいましたが、日本人は金を目当てにマラソンや駅伝なんか走りません。準備が大変ですから。だから引退した選手は、皆さん楽しんで走りましょうとか言って、自分では走らないじゃないですか。大会に招かれて本気で走っているのは中山竹通君と喜多秀喜君くらいです。長距離練習はそれくらい厳しくつらい。箱根駅伝は各区間がハーフマラソンの距離ですから。そんな選手を毎年、10人そろえるのは大変なことです」

(聞き手=崎尾浩史/日刊ゲンダイ)

▽うすい・てつお 1941年、東京生まれ。中央大学杉並高校から東急電鉄へ。東京五輪強化選手に選ばれる。その後、中央大へ入学。63年から箱根駅伝に3年連続出場し、中大の6連覇に貢献した。中大コーチ、本田技研工業監督、日本代表コーチなどを務め、現在は神奈川工科大陸上部監督。95年から箱根駅伝のテレビ解説を務める。

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