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「難病の子」は不幸ですか? 苦しみ続ける姿、それでも…家族の日常「一定数生まれること、知ってほしい」

12/7(金) 7:00配信

withnews

「命をつないでその先に何があるのか」

 8月、怜生くんは病室でのどのけいれんを起こし、自力で息ができなくなりました。すぐにICUに移されましたが、体重は減り、輸血を2回受けました。髪の毛も抜けました。生きていくには気管切開の手術が必要でした。しかし、裕加さんも夫も悲痛な姿の息子を前にやすやすと「手術」には踏み切れませんでした。

 手術を受けても病気が治るわけではない。しんどい思いをして命をつないでその先に何があるのか。重い障害を抱えて感情が表せなくなるのではないか。私のこともわからなくなるかもしれない……。

 逡巡(しゅんじゅん)しているとき、苦しみの渦中にいるはずの息子がふと笑いました。

 「ここで終わらしてしまうのは親の勝手なエゴだ」。怜生くんは9月、気管切開の手術を受け、人工呼吸器をつけました。

 2カ月後の11月、育児休業中の夫が付き添う中、今度は心肺が止まりました。懸命な心臓マッサージや人工呼吸によって、怜生くんの心臓は34分後に動き出しました。ただ、その後もたびたびけいれんと発作に襲われました。穏やかに目を開けている時間はあまりありません。手術は良い決断だったのか。「苦しい思いをさせてごめんね」。裕加さんは謝罪の言葉を何度も繰り返しました。

在宅看護に挑戦。「ほとんど寝られない」

 急性期を乗り越えた怜生くんの状態は、徐々に落ち着いていきました。

 12月には、同じゴーシェ病の子どもを受け入れていた滋賀県立小児保健医療センター(守山市)に転院。筋肉をやわらげる注射やリハビリをし、怜生くんがリラックスできる時間も増えました。専用のバギーもつくり、2017年6月から在宅看護に移行することになりました。

 裕加さんは、バギーの乗り降りや人工呼吸器の扱い方などを練習。主治医や看護師らから、自宅での外泊に付き添うなどのサポートを受けて、少しずつ自信をつけました。

 とはいえ、「何が起きてもおかしくない。症状が悪化したらどうしよう」と不安な思いは変わりません。ミルクは1日5回、薬は4回、ほかにも、たんの吸引や導尿、かんちょう、マッサージなど、やることは盛りだくさん。

 いざ、在宅看護が始まると、常に気が抜けませんでした。呼吸などに異常があれば機器のブザーが鳴る仕組みでしたが、ブザーよりも早くわずかな息づかいの違いで気づきました。それぐらい神経をとがらせていたのです。「ほとんど寝られず、身体的な負担は大きかったです」

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最終更新:12/7(金) 7:00
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