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服部 独走V!日本勢14年ぶり、東京五輪候補名乗り

12/3(月) 6:00配信

スポニチアネックス

 ◇福岡国際マラソン(2018年12月2日 福岡市・平和台陸上競技場発着 スタート時の天候=晴 気温20・2度 湿度47% 東南東の風2・7メートル)

 20年東京五輪代表選考レース「マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)」選考会を兼ねて行われ、服部勇馬(25=トヨタ自動車)が日本歴代8位となる2時間7分27秒で優勝した。04年大会の尾方剛(中国電力)以来、14年ぶりの日本人Vとなり、MGC出場権を獲得した。前日本記録保持者の設楽悠太(26=ホンダ)は2時間10分25秒で日本勢2番目の4位。日本記録保持者の大迫傑(27=ナイキ)、設楽悠らに続く東京五輪の代表有力候補に名乗りを上げた。

 師走にしては暖かい気候の中でスタートした博多の戦い。マラソン界のプリンスが熱い走りで五輪代表戦線に割って入った。「いつもの失速を克服できたことはうれしい。1秒を削り出せた」。服部はゴール後、帽子を投げ捨て、それまでの鬱憤(うっぷん)を爆発させた。

 36キロ地点の給水をきっかけに外国人招待選手の2人を置き去りにした。35キロ以降に不安があったが「スパートというイメージじゃなく気付いたら後ろが離れていた」と周囲の心配をよそに、それ以降は独り旅。落とし穴を乗り越えた先に待っていたのは栄冠のゴールテープだった。

 東洋大では設楽悠の2学年後輩。端正な顔立ちでスター選手として人気を集め、箱根駅伝では2区区間賞など活躍した。将来を期待され、ついた愛称は「プリンス」。しかし、大学時代から挑戦したマラソンは16、17年の東京で続けて終盤に失速した。理由は厳しい練習から目を背けていたからだと自己分析する。「キツい練習をせずにマラソンを成功させたかった。それだと36キロで失速するのが分かった」と甘い考えを反省した。

 変わるきっかけは今年7月の米国合宿だった。ジャカルタ・アジア大会で金メダルを獲得した井上大仁(MHPS)らの練習を見て衝撃を受けた。ある選手の1カ月の走行距離は1300キロにも到達。これまで1000キロ未満だった服部は「距離やコンディションづくりなど怠っていると感じた。見つめ直す良い機会になった」と振り返る。

 福岡への3カ月間で40キロ走は従来の倍以上の8回行い、不安要素を練習で払しょくした。35キロを通過すると「成長しているなと思って走っていた」と余裕の表情すら浮かべた。

 父・好位(よしのり)さんが馬を飼っていたこともあり名前には馬の1文字が入っている。好位さんによれば「勇馬は自由に飛んでいく」イメージなのだという。「6分台の選手に比べるといまひとつ。脅威になれるよう一日一日を大事にしたい」。来年9月、MGCのゲートが開くまで服部は己を磨き続ける。

 ◆服部 勇馬(はっとり・ゆうま)1993年(平5)11月13日生まれ、新潟県十日町市出身の25歳。仙台育英高から東洋大に進学。大学駅伝で活躍し、箱根駅伝ではエース区間の2区で2年連続区間賞を獲得した。大学在学時に初マラソンとして東京マラソンに挑戦。全体の12位でゴールした。1つ年下の弟に弾馬(はずま、トーエネック)がいる。自己ベストは1万メートル28分9秒02、ハーフマラソン1時間1分40秒。1メートル76、63キロ。

 ▽マラソングランドチャンピオンシップ(MGC) 19年9月15日開催の20年東京五輪代表選考レース。男子のMGC出場権獲得は国内主要5大会で日本陸連が定めた順位、記録をクリアするか、国際陸連公認大会2レースで好成績を収める必要がある。今回の福岡国際マラソンでは有資格者をのぞく日本人1~3位以内で2時間11分以内、もしくは日本人4~6位で2時間10分以内が条件だった。

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