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「消えない火が、自分の核だった」佐藤二朗が二度も挫折して就職した20代の本音を語る

12/4(火) 12:01配信

新R25

子どものころや青春時代に夢を持っていても、多くの場合、いつかは現実と向き合わないといけない日が訪れるもの。

私ライターのサノも、15歳のころから「ミュージシャンになる」という夢を追いかけていましたが、社会人になるタイミングで一度諦める決断をしました。

しかし、役者として唯一無二の存在感を放ち、映画やドラマで大活躍されている佐藤二朗さんは、二度夢を諦めて就職の道を選びながらも、最後には役者という夢を叶えた人なんです。

今回はそんな佐藤さんに「何度も夢を諦めたのに、どうして奮起して追いかけることができたのか」という話を聞きました。

「俺の20代、ほんとうにボロボロよ?大丈夫?(笑)」と和気あいあいとした雰囲気で始まったインタビューが、次第に熱く、真剣な空気に変わっていったのが印象的でした。ぜひお楽しみください!

〈聞き手:ライター・サノトモキ〉

役者の夢を諦めて就活する自分を、なんとか正当化していた

ライター・サノ:
さっそくですが、佐藤さんが役者を目指し始めたきっかけは何だったんでしょうか?

佐藤さん:
小学校4年生の学習発表会で、台本の8割くらい僕がしゃべっている劇をやったんですけど、父兄さんがすごく笑ってくれて。
その瞬間、「俺は役者になる運命なんだ」って天啓を得た気がしました。

ライター・サノ:
そんな早いころから…

佐藤さん:
そこからずっと、バカみたいに「誰が何と言ったって、役者になるよ、俺」って思ってましたね。

ライター・サノ:
その自信はずっと揺らがなかったのでしょうか?

佐藤さん:
揺らがなかったとも言えるし、揺らいでいたとも言えます。
というのも、「俺は絶対役者になる」と思い込んでいた一方で、「役者で生きていけるわけがない」という客観的な視点も持っていたんです。
夢を信じる自分と、冷静な自分。田んぼばっかの愛知の片田舎で、ずっとその相反する気持ちの狭間にいました。

ライター・サノ:
僕も中学生のころからミュージシャンを目指していたんですけど、その当時の気持ちは痛いほどわかります…

佐藤さん:
で、そうこうしてるうちに大学生になって、あっという間に就職活動の時期になっちゃうわけですよ。
結局、大学に入っても役者になるきっかけをつかめなくて、「ふつう」に就職活動を始めました。

ライター・サノ:
「アルバイトしながら夢を追う」みたいな選択肢はなかったのでしょうか?

佐藤さん:
そういう道もあったと思うんだけど、当時は「就職」という選択肢を手放してまで、役者の道に進む勇気がなかったんだよね…
終身雇用、年功序列というものが確固たるものとしてあって、新卒採用じゃないと厳しい時代だったし。

ライター・サノ:
“社会に合わせた”んですね…
でも、夢を諦めて就活するのって、モチベーションを保つのが難しくないですか?

佐藤さん:
僕は、「劇場数の多い東京で働きたい」という不純な動機で、テレビ局とか広告代理店のような、東京勤務ができそうなマスコミ系を受けていました。
役者として生きていけなくとも、せめて土日の余暇を使って、趣味でお芝居をやりたかったんです。

ライター・サノ:
夢を諦めてもなお、お芝居へのモチベーションは尽きなかったんですね…!
でもそれって、ほんとうに「趣味」のつもりだったのでしょうか…? それとも、まだどこかで「プロになりたい」という気持ちが残っていたのでしょうか?

佐藤さん:
すごく正直に言うと、後者だね…
これまで、いろんなインタビューで「趣味」と答えてきたけど、本当はなんとかしてプロの役者になろうとしていたんだと思う。
マスコミ系を受けていたのも、「テレビ局に勤めながらお芝居を続けていれば、役者になるきっかけをつかめるかも」なんてよこしまな気持ちもあったからだし。
就職活動をする自分を、なんとかして正当化したかっただけかもしれない。

ライター・サノ:
僕も、自分を納得させようといろんな言い訳をしながら型どおりの就活をした記憶があります…
では、就職して働きながらお芝居を続けられたんですね。

佐藤さん:
あっいや、入社した会社は1日で辞めちゃったんです。

ライター・サノ:
えっ?

佐藤さん:
ホント僕の人生の汚点というか、お恥ずかしい話なんですが…
結局、自分をごまかして就活していたから、そんな簡単に辞めちゃったんだと思います。そのときの両親のがっかりした反応は今でも覚えていますね。本当に申し訳ないことをした。

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最終更新:12/4(火) 12:01
新R25

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