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自然環境というファクターを人間の歴史解釈に組み込む試み、環境史についての決定的入門書―J.ドナルド・ヒューズ『環境史入門』磯田 道史による書評

2018/12/5(水) 7:00配信

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◆最先端の歴史捉える学問

歴史は姿を変えてきた学問である。昔は、歴史といえば、政治史。大抵、王侯貴族や武人の歴史であった。文化史も、有名な芸術家とその作品が主な対象であった。そのうち、社会史ができ、一般民衆の生活や思想も研究されはじめた。しかし、日本で、これが本格化したのは第二次世界大戦後。近年、人間の活動規模が絶大となり、人類の容器である地球と他の生命体=環境を大変化させ、人間も環境から制約をうけるようになった。

そこで、環境史という学問の方法が生まれた。最先端の歴史の捉え方である。人類が過去を語る時、自分のことだけ書けば、ただの歴史である。人類が「自分以外の自然との関係」をも書けば、環境史となる。本書は、このような環境史の定義にはじまる入門書である。著者は、デンバー大学で古代環境史を研究してきたJ・ドナルド・ヒューズ。世界初の環境史学会の創設メンバー。環境史には研究テーマが三つある。そう本書は解説する。第一、環境から人間への影響。第二、人間が起こす環境変化、それが人間に跳ね返る影響。第三、人間の環境に対する思想や行動様式。どの時代も人間は環境との相互影響の中で生きてきたが、これまでの歴史は環境を半ば無視して書かれてきた。自然環境というファクターを人間の歴史解釈に組み込む試みが、環境史である。

例えば、ディーン、シュワルツ『斧(おの)と燃え木で』(1995年)は、ブラジルの森林と人間の関係に第一・第二・第三主題をみな書きこんでいる環境史の手本と紹介されている。たしかに、森林側の進化→人間側への森林の影響→人間側による森林切り倒し→農業・工業化→人間側の開発態度という順序で、ブラジルの森林と人間の関係が語られている。このように、環境史は人間側の環境へのかかわりが常に含まれたもので「環境史は単純に環境の歴史ではない」と著者はいう。

この定義の是非はさておき、本書には、世界の環境史の動向も網羅されている。環境史はやはり欧米ではさかん。東欧諸国にも研究施設がある。研究が少ないのは、中東諸国。環境史という把握法は、もちろん現代のもの。しかし、古代から環境と人間の関係は、ちゃんと語られてきているという。ギリシャの偉大な歴史家トゥキデイデスは、「環境が歴史に与える影響」を、人口と耕地、造船と森林木材資源の関係を詳述している。中国では、孟子が環境史のはしり。孟子は「牛山」という大都市近郊の山が木材確保のために伐採され、山に牛・羊が放牧され、禿(はげ)山となって景観の美しさを失ったと記し、「これは果たして山の本性と言えるだろうか」と、自然破壊を批判。紀元前から環境問題はあった。

アメリカでは環境史が進み、「環境に優しいインディアン」といったステレオタイプが語られる研究段階ではなくなってきている。日本でも江戸はエコ文明といった通俗的説明があるが、江戸前期は新田開発・肥料採取・放牧で山を禿山にし、洪水が頻発した環境破壊の時代でもある。

近年、私も『天災から日本史を読みなおす』を著し、自然災害が人間に与えた影響をさぐってみた。1934年の室戸台風の時に高潮で大阪湾の水面が3・2メートル上昇し低地が浸水したと書いておいたが、果たして関西空港の滑走路が水没した。あまりにも自然を侵犯しすぎた人間は21世紀の歴史叙述=環境史なくしては安全に生活できない。環境史は今後重要である。

[書き手] 磯田 道史
歴史学者。
1970(昭和45)年岡山市生れ。茨城大学准教授。2002年、慶應義塾大学文学研究科博士課程修了。博士(史学)。日本学術振興会特別研究員、慶應義塾大学非常勤講師などを経て現職。著書に『武士の家計簿』(新潮ドキュメント賞)、『殿様の通信簿』『近世大名家臣団の社会構造』など。

毎日新聞 2018年11月25日掲載

磯田 道史

最終更新:2018/12/5(水) 7:00
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