ここから本文です

マキシマム ザ ホルモンの『ぶっ生き返す』は邦楽のシーンの流れを覆した歴史的大名盤!

12/5(水) 18:02配信

OKMusic

11月28日、マキシマム ザ ホルモンがレコード会社移籍第一弾となる『これからの麺カタコッテリの話をしよう』をリリースした。コミック+CDという異例な仕様であったり、「拝啓VAP殿」と命名された新曲が収録されていたりと、相変わらず話題を振りまいてくれる彼らだが、当コラムではそんなマキシマム ザ ホルモンが過去に発表した名盤とともに、その人気の秘密を真っ向から探ってみたいと思う。

歴史書に記すべきブレイク

作家・川崎大助氏がその著書『日本のロック名盤ベスト100』の中で、マキシマム ザ ホルモン(以下、ホルモン)の『ぶっ生き返す』を第79位とし、以下のように解説されている。これには激しく同意するところであるので、敬意を表して引用させていただく。

[彼らが第一級の人気バンドになったこと──日本のロック音楽、00年代最大の事件とは、これだ。][いくら人気アニメーションのテーマ曲に起用されたからといって、これがお茶の間に鳴り響き、しかも好まれたということは、歴史書に記しておくべきレベルの出来事だろう。]

本当にそうだと思う。1970年代、1980年代にヘヴィメタルやパンクに触れた人で、それらの音楽ジャンルが一般的になると想像した人はどれほどいただろうか。例え愛好者だったとしても、それらがメインストリームに躍り出るとは真剣に思っている人は少なかったのではなかろうか。ヘヴィメタルはジャパメタに、パンクはメロコアや青春パンクとなって、親しみやすく進化を遂げたものもあるが、スラッシュメタルやデスメタル、ハードコアパンクといった、ジャンルの極北に近いスタイルにおいては流行とまったく無関係だったと断言してもいい。

それらのジャンルではメジャーシーンで長く活動しているバンドがいたイメージもない。デスメタルにしてもハードコアパンクにしても、一部好事家たちの圧倒的な支持を受けながら主戦場はライヴハウス。そんな印象が強い。外タレならともかく、日本のそれらのバンドがフェスでヘッドライナーを務める日が来るなんて思わなかったし(その頃は“フェス”という名称すら一般的ではなかったが)、それらの中には狂暴なバンドも少なくなかった気もするので、そもそもフェスに出演する印象がなかったと言えばそうかもしれない。昭和、いや、平成に入ってからもしばらくはそんな感じだったと思う(決定的にそのイメージを覆したのは『AIR JAM』であることは言うまでもない)。

個人的な思い出話で言うと、2008年5月にホルモンがX JAPANのhideの十周忌追悼ライヴ『hide memorial summit』に出演した際、彼らのパフォーマンスを初めて観た知り合いが“あんなモロにデスメタルなバンドが、どうして人気があるんですか!?”と、スタジアム全体がヘドバンしていたというライヴレポートを交えて興奮気味に語る場面に遭遇したことがある。ということは、シングル「恋のメガラバ」(2006年発売)がチャート初登場でベスト10入りを果たしたあとですら、ホルモンの音楽は理解できない人には理解できなかったということだから、昭和どころの話ではなく、本質的に一般層には浸透しない音楽と言えるのかもしれない。

しかし、そうした趨勢に反して今回紹介する4thアルバム『ぶっ生き返す』はチャート最高位5位、累計売上枚数が40万枚以上を記録と、簡単に言えば、ホルモンは売れた。前述の川崎大助氏によれば[元来お茶の間にそぐわないもの]であるにもかかわらず、だ([]は『日本のロック名盤ベスト100』本文より引用)。一体そんなホルモンの何が支持されたのであろうか? その『ぶっ生き返す』から検証してみよう。

1/4ページ

最終更新:12/5(水) 18:02
OKMusic

あなたにおすすめの記事

Yahoo!ニュースからのお知らせ