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「できない理由を考えるクセ、つけないで」 注目集めるロボット開発者が訴えるわけ

12/6(木) 17:02配信

BuzzFeed Japan

港区赤坂にある日本財団ビルの1Fでは、現在、少し変わったカフェが営業中だ。コーヒーを運ぶのは、人ではなくロボット。難病や障害などが理由で体を自由に動かせない人が、遠隔操作で接客する。

これは、日本財団、ANAホールディングス株式会社、そして株式会社オリィ研究所の共同プロジェクト『分身ロボットカフェ「DAWN ver.β」』。「分身」として稼働するロボットは、同研究所が開発した『OriHime』シリーズだ。

同研究所代表の吉藤オリィさんは、ロボット開発者としてこれまでさまざまな発明を世に送り出してきた。今回のカフェは、そんなオリィさんと、今は亡き親友の「夢」だったという。

BuzzFeed Japan Medicalは、12月7日まで分身ロボットカフェの運営に取り組むオリィさんに、分身ロボットカフェができるまでの経緯、そして親友・番田雄太さんへの想いを語ってもらった。【BuzzFeed Japan Medical / 朽木誠一郎】

「プランになかった」親友の死

11月26日に実施された記者会見で、オリィさんはカフェという業態にした理由を、「番田と語り合った夢だった」と説明した。

「以前から、番田と“カフェとかやれたらいいよね”という会話をしていて。友人たちと一緒に集まることのできる“寝たきりカフェ”なんていいんじゃないかと」

番田さんは4歳で交通事故に遭い、脊椎損傷により首から下が動かなくなった。20年以上、盛岡の病院で寝たきりの状態で生活していたが、転機が訪れる。ネット上でオリィさんの存在を知ったことだ。

あごを動かしてパソコンを操作し、Facebookでオリィさんにメッセージを送ったのは2013年。その内容は以下のようなものだった(オリィさんの読み上げた弔事より引用)。

“子どもの頃からずっと病院で過ごした。そこには病により外の世界をほとんど見ることなく旅立ってしまう子ども達がいる。それを見るたびに自分の無力さに強く心が痛んだ。重度肢体不自由者のために、力を合わせませんか。”

このメッセージをきっかけに、番田さんは2014年からオリィさんの開発パートナー兼、秘書として、そして2015年には正式にオリィ研究所のメンバーとして、働き始める。そのときの感動を、番田さんはこう、つづっている。

“採用通知をいただきました、宝物だね”“生きる意味を感じる瞬間は、いろんなところに隠されているんだね”

「番田は一緒に開発した『OriHime』で、盛岡からリモートワークで私の秘書の仕事をしてくれていました。半年に一度くらいのペースで上京し、共に時間を過ごすこともしていました」

今回のプロジェクトの中心である大型『OriHime-D』の開発のきっかけも番田さんだ。あるとき、オリィさんは同世代の友人として、番田さんに「秘書なんだからお客さん出迎えたり、コーヒーを淹れたりしてくれよ」と冗談を言った。

「それには大きさや機能が足りないね」ーーそんなやりとりから、会話をしたり、手を振ったりといった従来の機能に加えて、何かを運んだり、移動したりといったことのできる、大型のOriHme開発というアイディアが生まれた。

大型のOriHimeは、カフェの構想にもつながった。“大きなOriHimeを操作すれば番田も店でウェイターができるよ””自分の口に食べものを運んでつまみ食いもできるな!”なんてことを話していました」(オリィさん)。

悲しい知らせが届いたのは、二人の夢がこうして、現実味を帯び始めた頃のことだった。

2017年9月7日、番田さんは200回を超える講演や、テレビ・新聞などのメディアへの露出で勇気を与えたたくさんの人たちに惜しまれながら、この世を去った。28歳だった。そのときの心境を、オリィさんはこう書き残している。

“2人で3年間毎日のように語り合っていたプランの中にこんなスケジュールは想定されていなかった”“目指すもののために全力で準備し生きてきたのに、ここで力尽きるのかと、悔しさに震えが止まらない”

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最終更新:12/6(木) 17:02
BuzzFeed Japan

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