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「普通の女の子に」22歳で憧れのキャンパスライフへ 元マラソン五輪選手・小鴨由水さん語る

12/6(木) 12:40配信

西日本新聞

小鴨由水さんの聞き書き「人生走快30」

 「普通の女の子に戻りたい」-。そう言って、3人組のアイドルグループ「キャンディーズ」が人気絶頂で解散したのは1978年のことでした。私は当時6歳で、最終公演の模様をうっすらと覚えているだけですが、私より10歳ほど年上の男性は、今でも、ランちゃん派かスーちゃん派かミキちゃん派かで、話が盛り上がるようです。

【写真】サングラスにパンチパーマ…小鴨由水さんの生涯の恩師との出会い

 私にも「普通の女の子」に戻る日が訪れました。94年4月、龍谷大短期大学部社会福祉科に入学したのです。キャンパスがあるのは京都市伏見区。同じ区内のワンルームの寮から、生まれて初めての電車通学を始めました。

 一つだけ心配だったのは22歳という年齢です。クラスメートより四つ上なので、「みんなとうまくコミュニケーションが取れるかな」と案じていたのです。でも、それは取り越し苦労でした。私のことを知らない人もいて、五輪のことなんて誰も聞いてきません。皆が普通に接してくれました。ただ、これは後から知ったのですが、「つらかった経験を聞いたら悪いかな」と、皆が気を使ってくれた面もあったそうです。

陸上部にも入部

 一番楽しいのは昼休み。学食に集まり、好きなものを食べ、おしゃべりに花を咲かせます。女の子の親友もできて、休みには待ち合わせて食事やショッピングに繰り出しました。え、合コン? そういう話だけは全くありませんでしたね。

 もちろん、みっちり勉強はしていましたよ。それが学生の本分ですから。私は保育士資格を取るコースを選んだので、カリキュラムがぎゅっと詰まっていました。幼児体育、発達心理学、ピアノなど、午前9時から午後6時まで授業漬けの日々。一応、陸上部にも入部しましたが、いわゆる「部活」レベルで、授業が終わってから遅れて参加し、楽しく走りましたね。

 ゼミは川北ゼミに入りました。指導する川北典子先生は、京都女子大で学ばれた「児童文化学」の専門家。おっとりした方で、怒った顔は見たことがありません。児童文化学とは、絵本や紙芝居、おもちゃ、童謡などを研究する学問です。先生はよく「児童文化とは子どもの暮らしを豊かにする『心の食べ物』ですよ」と、私たちに言い聞かせていました。何冊も絵本を読んでは、その感想をリポートにまとめたものです。

95年1月17日、関西を襲った大災害

 私がそんな新鮮なキャンパスライフを送っていた95年1月17日、大災害が関西を襲います。阪神大震災です。

小鴨 由水(こかも・ゆみ)

 1971(昭和46)年12月26日、兵庫県明石市生まれ。20歳で初出場した大阪国際マラソンで、当時の国内最高記録で優勝。バルセロナ五輪女子マラソン代表に選ばれ、「シンデレラガール」と呼ばれた。五輪の後は一時、マラソンを離れたが、福岡市に拠点を移して競技生活を再開。現在は障害者のランニングクラブを主宰し、福岡マラソンのゲストランナーなど多彩な活動を続けている。私生活では、パートナーの男性と4年前に死別。生命保険外交員として働きながら、2人の男の子を育てている。

西日本新聞社

最終更新:12/6(木) 12:40
西日本新聞

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