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糟糠の妻が死去…細川たかしに見え隠れする「心のこり」

12/8(土) 9:26配信

日刊ゲンダイDIGITAL

 演歌の大御所、細川たかし(68)の妻和子さんが11月23日に亡くなっていた。享年70。故人の遺志により葬儀は近親者で済ませたそうで、細川は報道各社への文書でこうコメントした。

「1975年のデビュー前から陰ながら支え続けてくれた妻を亡くし言葉にならない悲しみではありますが、『いつも明るいたかしさんで』が妻の口癖でしたので、今後も明るい細川たかしで頑張ってまいりたいと存じます」――。

 連れ添った45年間は、順風満帆な日々ばかりではなかったと、細川に詳しいある芸能関係者はこう言う。

「札幌での下積み時代、ススキノのナイトクラブで細川が一目惚れしたスレンダータイプの美女が和子さん。いつも細川を一番に考えて、陰で支え続けた方でした。そんな和子さんは、家族思いからでしょうけど、財テクに手を出して結構な額の負債を抱えてしまったこともあるんです。それを細川は自分ひとりで背負い込もうとした。そうした事情も長年所属していた大手芸能プロからの独立へとつながっていった」

 細川の独立は2005年ごろ。個人事務所を設立後は文字通りの二人三脚となり、和子さんが事実上のトップとして事務所を切り盛りしていた。前出の関係者が続ける。

「演歌は営業が最も実入りの良い仕事です。昔から営業に精力的だったから、独立しても何とかやっていけるという自負が細川にはあったのだと思います。でも、時代はテレビから歌番組が激減し、演歌の枠はゼロじゃないにしても、新しい歌手、若い歌手へとニーズが移っていった。イベントなどに細川を呼ぶ側も、大御所はギャラも高いし、敬遠されていきます。大手プロ時代は社長が海千山千の地方のプロモーターを相手に体を張ってバックアップしていたんです。そういうことを細川はちゃんと知らなかったのかもしれません」

 この独立劇について、細川が「私バカよね」など、後悔しているようなコメントを公にしたことはない。その胸中は察するしかないが、独立後の07年は、社会問題化した投資詐欺の広告塔を務めていたことが発覚して紅白出場を辞退し、連続出場記録がストップ。その翌年には暴力団組長のゴルフコンペに参加して2年連続で紅白に不選出。14年には台湾で買春報道もあった。

 民放の放送作家は最近の細川についてこう言う。

「刈り上げの髪形からカツラ疑惑が出て、レイザーラモンRGにモノマネされていたことがありましたよね。番組でモノマネを怒って、RGに『こいつクビ』などと言っていましたけど、本音は逆。あえて、ああいう髪形にして話題づくりにしていたのは細川さん自身でしたから」

 カツラ疑惑は何とか芸能界から消えないようにという苦肉の策だったのだろうか。

 細川が「世代交代も必要」との理由から、紅白からの「卒業」を表明したのは16年。出場すれば40回という節目を前にしてのことで、さまざまな臆測が芸能マスコミに飛び交った。そこには、独立劇との関連を見る声も。

「寄らば大樹じゃないけれど、所属事務所の看板がモノをいう世界だけに、独立後は夫婦ともども随分苦労したのでは」(前出の関係者)

 和子さんは1年半前から闘病していたという。細川は最期の瞬間を営業先での仕事で看取ることができなかった。さまざまな「心のこり」も見え隠れしている。

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