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100回の落選を経て夢を叶えた。“校内AKB禁止”にさせるほどアイドルに憧れた少女<間島和奏>

12/8(土) 16:00配信

テレ朝POST

現在、どれだけのアイドルが日本に存在するのかを断定するのは難しいが、“売れているアイドル“と定義できる存在となると、その数はぐっと減る。

例えば、武道館での単独コンサート開催を目標とするアイドルは少なくないが、実際にその地に立てた女性アイドルは、AKB48やももいろクローバーZをはじめとして、これまで30グループに満たない。

さらに近年の傾向として、HKT48からデビューした宮脇咲良(※現在はIZ*ONEに専念)に代表される「アイドルの掛け持ち」や「アイドルの転職」、「アイドルの再チャレンジ」も活発化しており、一口でアイドルと言ってもそのキャリアは多様化を極めている。

テレビ番組『ラストアイドル』から生まれたグループ「Someday Somewhere」のメンバーである間島和奏(まじま・わかな)も、多様化するアイドルキャリアの事例に当てはまるひとりだ。

彼女は、かつて100以上のオーディションに落選し続けたが、同番組をきっかけにアイドルとして本格的にデビュー。チャレンジに次ぐチャレンジを続け、アイドルの座を手に入れた一人だ。

だが、間島にはかつて、アイドルに“なりかけていた”時期があった。

だからこそ、現在の立たされているステージとのギャップの大きさを強く感じているという。

今や、アイドルは<アイドル>と一口では言えない。その言葉の裏に隠された幅の広さとは――。

校内で「AKB48禁止令」が出されるまで

2000年4月、北海道に生まれた間島和奏は、幼少期から踊ることが好きで、ダンスを始めた時期も早かった。

「でも周りの子たちに比べると、実力も追いついてなくて。正直、私なんて…って思うこともありました。ただ、負けず嫌いというか、辞めたら自分に負けた感じになるので、それがイヤで続けていました」

こうして、ただ踊ることを楽しんでいたなか、小学校3年生のときに転機が訪れた。あるアイドルグループの楽曲が、北海道の片隅に住む少女の人生を決めたのだ。

「シングル『ヘビーローテーション』からAKB48さんにドハマリしたんです。学校の友だち5人くらいで集まって、休み時間は教室でいつもダンスのマネをしてました。いちばん好きだったのは、前田敦子さんです」

AKB48に憧れた少女たちが、学校でダンスを踊る。――当時、全国のあちこちで同じ現象が起こっていたのは想像に難くない。しかし、程なくしてこんなハプニングが起きたという。

「休み時間になると、いつも教室の後ろのほうでAKBさんを歌って踊ってたんですけど、男子たちから『うるさいから他の遊びができない』って苦情が出て、クラス全体の話し合いになったことがあって(笑)。結局、放課後まで教室でAKBさんを歌うのは禁止になっちゃいました」

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最終更新:12/8(土) 17:28
テレ朝POST

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