ここから本文です

『来る』は誰が主人公か分からない「くるくる」ホラーだ

2018/12/8(土) 12:03配信

dmenu映画

12月7日より公開となる『来る』は中島哲也監督のもとに、岡田准一、黒木華、小松菜奈、松たか子、妻夫木聡という主役クラスの面々が集結した話題作。強いてカテゴライズするなら、ホラーというジャンル分けは可能ながら、それだけでは全く安心できない不穏な空気が、映画そのものから漂っている。むせ返るような臭気は、何を物語っているのか。

本作は、詳細を述べるとたちまちネタバレに抵触してしまう危険物でもある。途中で爆発しないように、慎重にレビューしてみたい。

白昼夢が仕掛ける底なしの不安

こういう場合は、最初に結論を述べておいたほうが安全かもしれない。それ以上のことは述べずに済むからである。

この映画が、特異で、特例で、異形と言っていい理由。それは構成にある。もちろんインパクトのある描写も詰まっているし、力強い芝居も目白押しだ。

だが、それ以上に、ストーリーの運び方、出来事の展開方法が、異常なほど幻惑的だ。いや、眩惑的と言うべきか。単純に怖いのではなく、目が眩む。「びっくりしたなぁ、もう!」という、ショッキングな恐怖の提供ではなく、どこに連れていかれるのかわからなくなる眩さにヤラれる、ヤバい愉悦がある。

闇の恐ろしさではなく、光に包まれることで加速する不安。白昼夢が、容赦なく、グイグイ食い込んでくるようなパワーが本作の構成にはあるのだ。

そもそも『来る』というタイトルが眩惑的だ。何が来るのか? というドキドキもさることながら、「くる」という語感がさまざまな領域に呼び込む。

くる……狂う。まず、この響きが想起させるのは、狂気であろう。わたしたちは、ふれたら狂ってしまうかもしれない、その誘惑に震撼する。

では、リフレインしてみよう。くるくるくるくる……ああ、もう駄目だ。めまいがする。何かが回転している。目には見えない大きな機械がローリングしている。わたしたちは、それに巻き込まれる。後戻りもできないほど、ズタズタにされる。もう、さっきまでの自分ではいられなくなる。

『来る』というタイトルが仕掛ける罠は、聴覚を底なし沼に突き落とす。

1/3ページ

最終更新:2018/12/8(土) 12:03
dmenu映画

こんな記事も読まれています

あなたにおすすめの記事