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【香川から伝えたい】築城400年、名城の石垣はなぜ崩れた 実は多くの予兆、豪雨被害の丸亀城の行方

2018/12/12(水) 14:08配信

KSB瀬戸内海放送

 7月の西日本豪雨や相次いだ台風による大雨は、各地の文化財にも多くの爪痕を残した。「石垣の名城」とも呼ばれる香川県丸亀市の丸亀城でも、三度にわたり、石垣が大きく崩れた。実はこの崩落には予兆があり、市に対して危険性を訴える声も寄せられていた。未然に防ぐことはできなかったのか。知られざる豪雨の被害と今後について地元テレビ局のKSB瀬戸内海放送が伝える。

西日本豪雨 香川でも記録的な降水量

 平成最悪の被害となった西日本豪雨。香川県でも三豊市財田で降り始めからの総雨量が488ミリを観測し、平年の7月1カ月分の3倍を超えるなど、各地で記録的な大雨となった。
 人的被害は、負傷者1人にとどまったものの、県のまとめによると、道路の崩落など公共土木施設の被害が約19億円、農林水産被害も18億円を超えた。

三度にわたり崩れた石垣

 文化財で最も大きな被害となったのが丸亀城だ。今年7月7日、西日本豪雨によって城の南西部にある「帯曲輪」と呼ばれる石垣の南側が崩れた。その後、瀬戸内地方を台風が4つ通過した影響もあり、10月8日には同じ部分の西面が崩れ、さらに翌日には、その上にあった三の丸「坤櫓跡」の石垣が大きく崩れた。

「石垣の名城」市民のシンボル的な存在

 築城400年を超える丸亀城は、丸亀市のシンボル的な存在だ。日本一の高さの石垣を有し、自然と調和した美しい様式美を見せるこの城は2006年に「日本の百名城」にも選ばれている。

 石垣の大規模崩落後、丸亀市の梶正治市長は「丸亀城は市民全体が自分の家のように大事に思っているところ。心を一つにして修復に当たりたい」と語り、復旧対策本部を設置。城や市役所など11カ所に募金箱を設置して修復費用の寄付を募っている。

崩落前の石垣にあった “異常”

 突発的に起こったように思える崩落だが、実は多くの予兆があったという。
20年ほど前から毎日丸亀城の周りを散歩している山地茂さん(85)は、7月の西日本豪雨の後、「石垣の隙間がだんだん大きくなっている印象を受けた」と話す。

 そして、大規模崩落があった三の丸の石垣を毎日撮影していた。崩落20分前に撮られた写真では、隙間が「空洞」と言えるほど大きくなっている様子が確認できる。

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最終更新:2018/12/12(水) 14:17
KSB瀬戸内海放送

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