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故・平尾氏との約束。名門神戸製鋼ラグビー18季ぶり復活日本一の理由とは

2018/12/16(日) 6:03配信

THE PAGE

神戸製鋼のゲーム主将だった10年目の橋本大輝が、表彰式の檀上へ立った。その手には、故・平尾誠二氏の遺影があった。平尾氏は日本選手権を7連覇した1989~95年に主力だった元日本代表監督で、2年前に胆管細胞がんで亡くなるまでクラブのゼネラルマネージャーだった。
 遺影は間もなく、共同主将の1人で同じフランカーの前川鐘平の手に渡る。トロフィーやフラッグなどとともに、報道用写真に納まってゆく。

 接点でのバトルで光ったフランカーの橋本は、「感無量」と言った。


「平尾さんが亡くなる前に優勝しようと約束していました。本当に、これ以上のことはないくらい嬉しかったですし、もうやり切ったのかなという気持ちも出てきました」
 
 真っ赤なジャージィの神戸製鋼が、国内最高峰トップリーグで創設元年の2003-2004年シーズン以来、15季ぶり、日本選手権では2000年以来18季ぶりの優勝を決めた。12月15日、東京・秩父宮ラグビー場。順位決定トーナメントの決勝戦で、2連覇中だったサントリーを55―5と圧倒した。

 行ったラグビーはポッドというシステムに沿ったニュージーランド流。選手がまんべんなく散り、適宜スペースに球が回る。圧力にさらされ力を発揮しきれぬサントリーを向こうに、今年日本代表となったナンバーエイトの中島イシレリ、右手首と左肋骨を折っていたロックのトム・フランクリンが、何度も突進した。

 橋本曰く、「スペースにボールを運ぶ。昔の神戸製鋼と同じようなラグビーだと思います」。モダンな戦術を採用しているのに、往年のスタイルに「近い」と捉えられているわけだ。

 守ってはオーストラリア代表116キャップ(代表戦出場数)のアウトサイドセンター、アダム・アシュリークーパーが、要所で力強いタックルを放った。昨季まで対戦相手のサントリーにいた日和佐篤も、スクラムハーフとして攻守に存在感を示した。

 神戸製鋼はかねてから有力選手を在籍させてきたが、2004年度以降は12~16チームで争うリーグで3~6位を行き来。凱歌からは遠かった。今回ディフェンディングチャンピオンを圧倒できた裏には、名手によるクラブ改革とスター選手の勤勉さがあった。

 アシュリークーパーは「神戸」。フランカーの前川鐘平は「加古川」。レクリエーションの組分けなどのために部内で置かれる「ミニチーム」の名称が、すべて親会社の製鉄所や製造所の所在地へと変わった。他は「真岡」「大安」だ。

 今季就任のウェイン・スミス総監督は、1905年に創立した株式会社神戸製鋼の歴史を選手へ涵養(かんよう)。プロ選手も多いチームに工場見学をさせたり、社員や元プレーヤーをゲストスピーカーに招いたりして、部員の帰属意識を高めた。

 平尾氏の生前は4年間で海外出身のヘッドコーチが3回交代と、組織づくりに苦しんできた。しかし今季は、三顧の礼で迎え入れられたスミスがクラブの本質的な原点を提示。共同主将の一角を担う前川は、在籍8年目にして新たな知見を得た。

「これだけ会社とのつながりを考えてくれて、それを僕たちのモチベーションにしてくれている。いままで経験したことはなかったことです。外国人選手とともに、色んなアイデアで文化を築いてくれた。ウェイン・スミスが凄いコーチである理由がわかった気がします」

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最終更新:2018/12/16(日) 7:53
THE PAGE

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