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《ブラジル》怨念が生んだ新政権の背景探る=29年目のジンクスは当たるか=ジャニオ、コーロル、ボウソナロ

1/8(火) 5:39配信

ニッケイ新聞

 「なぜ、そんな兆しさえなかったブラジルで、極右政権が誕生したのか」と問われたとしたら、「ルサンチマン(積もり積もった怨念)」と「ブラジル選挙の29年のジンクス」の2つが起こした〃時代的な化学反応〃を理由にあげる。この二つの事象は、いかにして窓際下院議員、陸軍予備役少佐、ジャイール・ボウソナロ氏を大統領へと導いたのだろうか。

PT栄華の時代に既に影

 記者がブラジルに来たのが2010年。ニッケイ新聞に入社したのが2011年だったが、この頃の伯国と言えば、まだ労働者党(PT)政権の栄華の真っ只中だった。2010年まで8年続いたルーラ政権をついだジウマ氏は、米国のタイム誌で「世界の影響力のある女性」で5位以内に入るほど注目され、国内での支持率も7割近かった。当時、国内総生産(GDP)はイギリスを抜いて6位になったこともあった。
 この頃、記者は聖市在住の、主に高齢の知人に伯国の勢いの良さを、挨拶のリップ・サービスで誉めようとしたことがあったが、ほとんどの人が一様に「それほどでも」と苦虫をつぶしたような表情だったのを覚えている。「随分と自己評価が低いんだな」と当時不思議に思った。
 今振り返るに、当時から聖州では、うっすらとPTへの不満が溜まりつつあったのではないかと思う。2010年の選挙で、同州がジウマ氏より対抗馬のジョゼ・セーラ氏(民主社会党・PSDB)に多く票を投じていたことでも、それは後付で確認できる。

それはコンフェデ杯ではじまった

 「ルサンチマン」の最初の爆発が起こったのは2013年6月だ。サッカーのW杯の予行演習的な大会「コンフェデレーションズ杯」が行なわれたときだった。
 PT政権は2003年から続く同政権の栄華を2014年のサッカーW杯、16年のリオ五輪という国際的二大スポーツ・イベントと共に大団円でまとめようと試みていたが、結果的にこれが裏目に出た。
 「何がPTの栄華だ。〈豊かさ〉なんてこれっぽっちも感じないぞ」という欲求不満が、聖市でのバス料金のわずかな値上げと共にはじまり、そこで軍警がデモ参加の女性を負傷させてしまったことで感情的に拡大。これはコンフェデ杯の期間中、全国規模でずっと続く抗議活動となった。
 抗議活動そのものに疎い日本で育った記者には、社会への不満をストレートに抗議できる姿は当初、好意的に映った。だが、同時にすぐに強烈な違和感も覚えた。
 そのデモに参加している人のどこにも「本当に生活に困窮している人たち」の姿がなかったからだ。参加しているのは、どう見ても中流から上の国民ばかり。「これは一体どういうこと?」と当時不思議に思ったし、それは「いまのブラジルはバブルのはずなのに」と思っていた国際世論もそうだった。
 同時期にトルコでも、後に圧制で有名になるエルドアン大統領の治世への反対デモが起こっていたが、あれとも明らかに異質だった。その答えがわかるまでには5年かかることになる。

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最終更新:1/8(火) 5:39
ニッケイ新聞

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