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復興・希望、リンゴに込め 尼崎のボランティア団体が芦屋に10本、新たに植樹

1/12(土) 7:55配信

産経新聞

 阪神淡路大震災から17日で24年になるのを前に、被災地などに「希望リンゴ」と名付けたリンゴの木を植える活動を続けるボランティア団体「この町・花の街・作戦」(尼崎市)が15日、芦屋市に新たに10本のリンゴの木を植樹する。同団体は震災の約2年後に同市に初めて53本のリンゴを植樹したが、20年以上たって約20本が枯れたことから新たに植樹することが決まった。代表の田村治典さん(73)は「リンゴの木は震災の命ある碑。教訓を引き継いでいきたい」と話す。(中川三緒)

 震災当時は宝塚市に住んでいた田村さん。自宅のガラスが壊れるなど被災したが、直後から避難所に食料を配るなど支援を開始。震災から約1年後に同団体を立ち上げ、仮設住宅の住民らを励まそうと、県立芦屋南高校(芦屋市)の仮設住宅横でチューリップの球根を育てる活動を始めた。

 「被災者と今後もつながっていける活動をしたい」と、平成9年に暖かい土地でも実がなるリンゴの木53本を同市呉川町に植樹。53本それぞれに周辺住民と近くの公園の仮設住宅の住民1世帯ずつの1組が「里親」となり、木に水をやるなど世話をした。

 リンゴの木の管理は仮設住宅撤去後も住民が担っていたが、23年に市公園緑地課に移譲。その後も、初秋には近くの幼稚園児らがリンゴの収穫会を行うなど市民に親しまれている。しかし、リンゴの木の管理は難しく約20本が枯れてしまった。

 昨年9月に行われた収穫会で、田村さんが市の担当者に新たに10本を植樹することを提案。震災から24年を前に、15日に植樹イベントを開くことが決まった。

 当日は、近くの市立打出浜小の児童約90人が参加するが、田村さんは22年前にリンゴの木の里親となった世帯の参加も願う。田村さんは「リンゴの木は復興と希望のシンボルだった。リンゴの木に込められた思いや当時のことを子供たちに引き継いでいきたい」と話している。

最終更新:1/12(土) 7:55
産経新聞

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