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【平成家族】不妊治療、「卒業」選んでも……「子育てしてこそ」がつらい 「夫婦2人で生きる」尊重して

1/11(金) 11:55配信

朝日新聞デジタル

【アーカイブ:内容は2018年7月6日の初出時点のものです】

 子どもが欲しくて不妊治療を長年続けたけれど、かなわなかった。夫婦2人の人生を新たに歩み始めたある女性の胸中には、二つの異なるつらさがありました。平成の時代でも、「子どもを育てて一人前」という家族像に苦しむ人たち。自らの不妊治療の経験を、若い世代に伝え始めているカウンセラーもいます。(朝日新聞記者・滝沢卓)

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子どもをあきらめた人たちが集まる「卒業生の会」

 不妊治療や流産を経験し、不妊カウンセラーとして活動する永森咲希さん(54)は、治療をやめて、子どもをあきらめた人たちが気持ちをわかち合う「卒業生の会」を開いています。

 会は年4回ほどで、毎回約2時間。「人の話は尊重する」「話したくないことは話さなくていい」「聞いた内容は口外しない」といったルールのもと、永森さんの進行で8人前後の参加者が思いを打ち明けます。

 永森さんは「普段は元気でも、私生活や職場で、ふとした時に子どもがいないことを意識させられることがある。そんな気持ちを共有できる場にしています」と話します。

不妊治療からフェードアウト

 会に参加したことがある女性に話を聞きました。

 都内の会社員女性(45)は39歳から始めた不妊治療を43歳でやめました。昨年初めて「卒業生の会」に参加し、3回ほど通ったことがあります。

 体外受精で受精卵を10回以上移植しました。10回を超えてから初めて、妊娠の陽性反応が出ましたが、心拍は確認できませんでした。

 陽性反応が出た時、うれしさもありましたが、高齢出産になることなど、それまであまり意識しなかった不安も強く感じました。忙しい部署への異動も重なり、クリニックへ通いにくい状況に。収入を考えると、退職して治療に専念することはできませんでした。

 「年齢的に無理かもという気持ちに加えて、仕事とも両立できずに、あきらめざるをえなかった。区切りをつけたというよりも、フェードアウトでした」

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