ここから本文です

「飲食店をはじめること」の理想と現実。イラストレーター・西山 カルロス さとしさんの場合【いつかお店をやりたいすべての人へ】

1/11(金) 11:00配信

メシ通

イラストレーター・西山 カルロス さとしさんの場合

西山 カルロス さとしというイラストレーターをご存知だろうか。雑誌やら書籍やらで、皆さんも一度はこんな雰囲気のイラストを見かけたことがあるのではないだろうか。

西山 カルロス さとしさんは、それこそNHK教育テレビの番組『シャキーン!』のアニメ「インフミトリオ」のキャラの作画、もちろん広告やポスター、テレビの舞台セットのイラストなど、多方面で活躍。まさに出版界だけにとどまらず、商業イラストレーションの世界では相当に有名な存在であり、書籍や雑誌、テレビから広告まで、幅広く活躍されていたイラストレーターだった。

イラストレーターだった。

そう書いたのには、理由がある。じつは西山さんは華やかなイラストレーターの世界を辞め、2015年の1月から千葉県の浦安で「Soul Food Kitchen」(ソウル・フード・キッチン)という名前の小さな飲食店を始め、自ら厨房に立ち、お客へお酒を出しているのだ。

聞けば、そもそもこの2~3年前からイラストレーターの仕事を徐々に減らし、今年の1月にはイラストの世界から完全に身を引いて、第二の人生として「転職=自分の飲食店を持つこと」を選んだのだという。

これはそんな「元」イラストレーター・西山さんのお店をめぐる、ほろ苦くて、やがて楽しき人生についてのお話。

いま思えば、キッチリ貯金しとけばよかったワ!

西山 カルロス さとしさんは兵庫県の尼崎市出身。18歳のときに上京し、阿佐ヶ谷美術専門学校を卒業後、26歳のときにイラストレーターとして独立。その後の売れっ子イラストレーターとしての活躍は誰もが知るところだ。

――プロのイラストレーターになる前までは何をされてたのですか?

「阿佐美を卒業して、『ぴあ』の表紙を描いていた及川正通先生のアシスタントを2年くらいやって。その流れで『ぴあ』の編集部でバイトしたり、Tシャツ屋さんで印刷の仕事したりしながら、26歳のときに独立して」

――90年代、西山さんはなかり売れっ子のイラストレーターさんだった印象がありますが。

「ホンマ忙しかったよ。毎日休みもなく仕事してたし、当時のギャラが書籍や雑誌の表紙で10万とか15万、雑誌の誌面のカットで1点2万円とか。他にも広告の仕事とか、官公庁のポスターの仕事とかもあったしな。30歳をすぎてから、全盛期には同い年のサラリーマンの年収の2~3倍はあったと思うわ。いま思えばキッチリ貯金しとけばよかったワ! ほとんど飲み代に使うてもうたし(笑)」

――なぜ転身を図ろうと?

「50歳すぎたらイラストレーターは仕事が減る、いうのはこの業界の仲間内でよく言われてた話やったし、よほどの巨匠じゃないかぎりは50歳を過ぎてフリーのイラストレーターだけで喰っていくのは大変やろうなとは思うてた。それに、もともとお店をやりたいちゅう願望みないなものも漠然とあったし。で、リーマンショック以降、出版不況とか言われはじめて、そもそものイラストの単価が半分に、仕事の本数も半分……要は毎月のギャラがどんどん減っていって、こりゃアカンなと」

――ほかにもいろいろな選択肢があったと思うのですが、なぜ第2の人生に飲食店を?

「自分の興味にいちばん近かった、というのはあるね。お酒が好きやし、料理つくるのも好きやし、音楽も好き、内装とかも自分でやれるし……。自分のいままでの経験とか技術を生かせる業種やなというのは、あった」

――では飲食店を始める決断というのは自然の流れだったんですね。

「いやもう、仕事が減っている時期やし。それこそ週に半分はブラブラしているような状態で。それやったら、ヒマな時間にバイトでもしよかなと。それで、どうせやるんやったら手に職がつく仕事というか、調理師免許もとれるし、まずは飲食店がええやんて思って」

西山さんは、当初その飲食店での修行期間を5年と考えていたのだそうだ。もちろん、お店での経験もないズブの素人としての出発。そこには、いろいろな苦労があったのではないだろうか。

「浦安にある、イタリアン系の西洋風居酒屋に面接しに行ったわけ。そもそもバイトの面接を申し込もうにも、こっちはもう50歳を超えているわけやから(笑)。いまやから言うけど、面接のときに年齢詐称したからね(笑)。「ジブン、45歳です」て。いやさすがに、採用する側の料理長が、自分より年上の奴は採りづらいんちゃうんか、というのはあったよね」

1/4ページ

最終更新:1/11(金) 11:00
メシ通

あなたにおすすめの記事