ここから本文です

元劇団四季俳優が、徳川伝説の巨船「安宅丸」を復活させるまで

1/11(金) 12:56配信

マイナビニュース

運がいいとディズニーランドの花火も見えるんです――。

日の出桟橋から東京湾を遊覧する人気の御座船「安宅丸(あたけまる)」にて、“演出”を担当する森健太郎氏はこう語る。都会の喧騒を忘れて東京湾を優雅に航行することのできるこのクルーズ船は、江戸時代に日本一の帆船と言われた「安宅丸」をモチーフに開発され、現代に蘇った。

忘年会や新年会など、さまざまなイベントで引っ張りだこなこの船を盛り上げるのが、森氏が演出を手掛ける、飲食と演劇が合わさった「宴」だ。驚いたことに、同氏は元々「劇団四季」の俳優だったそう。俳優の憧れの舞台を離れ、今こうして安宅丸のプロデュースをするに至ったのは何故なのか。実際に船に乗り、その魅力を味わいながら話を聞いた。

○元劇団四季の俳優が「宴」をプロデュースするに至るまで

――今日はよろしくお願いします。非常に豪華な船ですね

森健太郎氏(以下、森):ありがとうございます。安宅丸での「宴」を楽しんでください。

――森さんは以前、劇団四季の俳優だったと聞きました

森:はい。2005年から2012年まで在団していました。退団後、独立をして企画制作の仕事を行う中で、偶然出会ったこの船の演出を手掛けるようになったんです。

――劇団四季から独立したのはなぜですか?

森:色々と理由はありますが、「俳優が活躍できる新たなマーケットを作りたい」と思ったのが大きな理由の一つです。

演劇のマーケットは他のマーケットと比べると小さいんです。そのため、俳優がステージに出ながら食べていくということは難しく、技術や想いがあってもなかなか活躍の場がありません。

そこで、どうすれば俳優が活躍できる場所を作れるか考えました。劇場で勝負しても、すでにある市場を食い合うだけで俳優の救済にはつながらないので、それならばと「大衆が演劇に触れる機会を増やす新しい方法」を考えました。その一つが、この「宴」というわけです。

――俳優にとっては新たな活躍できる場所ができ、普段劇場に足を運ばない人にとっては、クルージングをして食事を楽しみながら、気軽に演劇に触れられる場所になる――、win-winな形ですね

○多額の借金から始まった、安宅丸の厳しい船出

――安宅丸のプロデュースを始めたのはいつからですか?

森:2014年からです。初めて安宅丸に出会ったのは2013年のことで、この船に出会ったときには一目惚れしましたね。「ここなら俳優を使った新たなマーケットを作れる! 」と。その後、船の運営会社(両備ホールディングス)と何度も交渉を重ね、今のような運営形態をとることになりました。

交渉を重ねる中で、船の会社にイメージを伝えるためにプレゼン公演という形で、単発イベントも行いました。もちろん知名度も何もないので、最初は小劇団のように、知り合いに声をかけて来てもらうところから始まったのですが、そのイベントを好評で終えることができ、手ごたえを感じました。

――では、初めから順風満帆だったのでしょうか?

森:いえ、現在で運営開始から4年が経過しているのですが、初めはとにかく大変でした。プロデュースを始めて3カ月が経ったころには、1000万円ほどの借金を背負ってしまいました。

――!!! 1000万円ですか……

森:起業をする上で1000万円という額はそこまで驚かれないかもしれませんが、演劇というビジネスを行う中では驚きでした。当時は苦労しましたね(笑)。

でもそれから、少しずつサービスの改良を重ね、徐々にお客さんも増やすことができました。元々、この船の内装も今のものとは全然違ったんですよ。今の内装は2017年に作られたもので、JR九州の「ななつ星」をデザインした、インダストリアルデザイナーの水戸岡鋭治さんに手掛けて頂いたものです。

ほかにも、かつてシャッター街同様だった場所をプロデュースし「恵比寿横丁」として復活させた、浜倉的商店製作所ともタッグを組みました。そういった多くの人たちの協力もあり、徐々に多くのお客様に足を運んでいただけるようになりました。

――乗船客はどういった方が多いのでしょうか?

森:日本人と外国の方で、半々くらいといった感じです。さらに人気を爆発させるには、インバウンドの取り込みがもっと必要になるかと思っています。また、企業が懇親会のために利用する、というパターンも多いですね。メインのステージの部屋が108席、別室にはビップ席も用意していて、総席数は188席あります。リピーターになってくれる人も増えてきて、中には1年間で100回以上乗ってくれた方もいらっしゃいました。

1/2ページ

あなたにおすすめの記事