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南青山児童相談所を「迷惑施設」と決めつける人たち

1/12(土) 9:30配信

毎日新聞

 東京都港区が都心一等地の南青山地区に2021年4月開設予定の「(仮称)港区子ども家庭総合支援センター」を巡って、予定地周辺で住民の反対運動が起きています。昨年暮れから、建設の賛否や反対運動の是非がテレビやインターネットで盛んに報じられています。社会的、経済的格差の拡大が議論されるなか、高所得層が住む南青山エリアで、いったい誰が児童相談所を迷惑施設と考えるのか。明治大教授(社会学)の藤田結子さんが解説します。【毎日新聞経済プレミア】

 ◇地元不動産会社が反対運動に関与?

 昨年10月に開かれた1回目の住民説明会を伝えるテレビニュースでは、会場の前方で中高年男性が怒鳴り声をあげ、区の担当者に食ってかかる様子が放映されました。「ネギ一つ買うにも(高級スーパーの)紀ノ国屋に行くような状況で、家庭内暴力(DV)で保護される方々はすごく生活に困窮されている方だと聞いていますので……」という女性の発言も報じられました。

 12月14日の2回目の説明会の映像では、「入居した子どもが休日に外に出て、あまりにも幸せな家族、着飾った両親と自分の家庭を見た時のギャップをどう思うか心配」といった意見も出ました。

 反対運動を推進している「青山の未来を考える会」のお知らせは、当初は現地の不動産業者のホームページ内に掲載されました(今は独立)。「青山の未来を考える会」の佐藤昌俊副会長(63)は毎日新聞の取材に対し、「児相ができれば土地の価格が大きく下がるリスクがある。地価が下がれば不動産所有者が大きな被害を受ける」と主張しました

 「青山の未来を考える会」は近隣住民に反対のビラを配りました。毎日新聞が入手したそのビラには、「施設内には罪を犯した触法少年の『一時保護所』も含まれます。ここは入居者を番号で呼び、脱走を防ぐための警報器が設置される閉ざされた施設です」などと書かれています。

 これは誤った情報です。入居者を番号で呼ぶようなことはない、と関係者は話しています。「脱走」という言葉もおかしく、子どもを「保護」しているのです。誤情報で不安を呼び覚まされ、反対する気持ちになる住民もいるでしょう。

 ◇高所得層エリアでも家庭内虐待は起こる

 港区は「児童相談所に一時保護された児童が、一時保護を理由に本施設の近隣の小中学校に通学することはありません」としています。一方、母子生活支援施設に入る子どもは、「学校希望選択制により港区内の小・中学校に通います。施設に一番近い青南小学校や、青山中学校に通うこともできる」そうです。

 そのために、2回目の説明会で次のような発言が出たのでしょう。3人の子どもを育てる母親が「意識の高い公立小学校に入ろうと決めて、億を超える投資をして、こちらに土地を買って、家を南青山に建てました。子どもは習い事もたくさんしていて、レベルも高いです。(施設に入居した)子たちはついてはこられないし、とてもつらい思いをするのではないか」と話す姿が映し出されました。

 では、「意識が高い」南青山エリアの住民は、DVや虐待とはまったく無縁なのでしょうか。

 現実には、高所得世帯の親たちも、子育ての不安や悩みを抱えています。

 南青山エリアの近隣に住む専業主婦の鈴木愛さん(30代、仮名)のケースです。夫は自営業で高所得を得て、家族で高級マンションに住んでいます。3歳の娘を育てていますが、夫は仕事で忙しく、家にはほとんど帰ってきません。育児にもまったく関わりません。

 地域からも孤立した愛さんは孤独とむなしさを紛らわすかのように、子どもの私立幼稚園受験に夢中になりました。しかし結局、志望の幼稚園には合格しませんでした。孤独なワンオペ育児をしながら、子どもの合格だけを心の支えにしてきたのに、今では自分の子どもの個性をそのまま受け止めることもできず、精神的にまいっています。

 港区議会議員で、地域の事情に詳しい清家あいさんも2回の住民説明会を傍聴しました。そして次のように語ります。

 「港区のDVや虐待は、貧困世帯で起きるものではありません。他の地域から移ってきた核家族の若い世帯が第1子を産んだ後、孤立してバラバラに存在しているケースが多く、地域との接点がないことが問題なのです」

 清家さんによると、港区が受けつけた新規の児童虐待相談件数は16年度で約480件、児童相談所が受けつけた港区分の児童虐待相談件数は約300件、港区が継続的にフォローしている虐待児童を含めた要支援児童の数はここ数年、多い時で500人を超えるそうです。高所得世帯が多い港区でさえ、児童虐待は増えています。児相に反対する人の意見とは逆に、こうした相談拠点を必要とする人は多そうです。

 ◇人口流入で土地も施設も足りない港区

 港区でも地価の高い南青山になぜ?という疑問に対して、清家さんはこう解説します。

 「港区はマンション建設ラッシュで子育て世代が多く流入しています。もともと土地が足りないなか、たまたま南青山の国有地を区が購入し、施設用地を確保できたのです。多くの親子が気軽に相談に来たいと思えて、行ったことで明るい気持ちになれる場所にあることは、利用者にとってもよいことだと思います」

 「さらに、過密で用地を確保しにくいことはあまり知られていません。反対する人たちは『探せば別の場所を確保できるはず』と誤解している可能性もあります」

 筆者が現地の住民に話を聞いたところ、賛成の声が多く聞こえてきました。近隣エリアで幼児を育てる専業主婦の佐藤麻美さん(40代、仮名)は、「この近くは公園も少なく、他のママ友との交流もしにくいので、子育て施設が増えることはむしろありがたい話です。またママ友の間でも、反対の話は聞いたことがありません」といいます。テレビのある報道番組は地元住民にアンケートをして、「約7割が賛成だった」と伝えました。

 建設予定の施設内には、児童相談所と母子生活支援施設、幼児と保護者が親子で遊び、子育て仲間と交流することができる「子ども家庭支援センター」が入ります。子育てを学ぶ講座や親子ヨガ、体操、外国語で遊ぶつどい、絵本や音楽のつどい、男性の子育て、孫育てをテーマにした交流活動も行われる予定だそうです。地元で子育てをする住民にも十分に役立つ施設です。

 ◇説明会に参加して賛成の声を上げよう

 「我が家の裏庭にはお断り」の意味を持つ「NIMBY(ニンビー)」という言葉があります。「Not In My Back Yard」の略で、原子力発電所やごみ焼却炉などの迷惑施設に反対する住民の行動や態度を指します。

 このような態度が、保育園や児童相談所などの子育て施設にまで及ぶようになりました。東京都世田谷区でも2年前、保育園建設への反対運動が起き、予定地周辺では反対の黄色い垂れ幕が並ぶ異様な光景が見られました。

 今の日本社会では、一部の人々が、「電車や飛行機の子どもが迷惑」「保育園の騒音が迷惑」「児童相談所が迷惑」と、声高に叫びます。いったいどうなってしまったのでしょうか。子育て施設はいつから「迷惑施設」になったのでしょうか。

 保育園建設などの説明会では、賛成住民の出席が少なく、反対住民の声が大きくなりがちです。私たちが住むそれぞれの地域でも、子育て施設への反対運動が起こったら、説明会に参加し、賛成意見を伝えましょう。子育てへの理解を深められない社会は、ただ衰退するのみです。

最終更新:1/14(月) 20:49
毎日新聞

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