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仙台牛タン焼き物語…牛タン焼き発祥の店とは?そして、平成の危機とは?牛タンの歴史を振り返る

1/12(土) 9:30配信

仙台放送

あと4ヵ月で平成の時代に別れを告げます。そこで北海道・東北ブロックでは「平成」にまつわる「食」をシリーズでお伝えします。宮城からは「牛タン焼き」です。「平成」にまつわる「牛タン」話。実は「9月10日=牛タンの日」は平成から始まりました。その歴史を振り返ります。

記者リポート
「仙台と言えば?」
街の人
「牛タン(笑)」
街の人
「牛タンですね」
街の人
「やはり牛タンですね」

仙台名物「牛タン焼き」。
牛タン焼きが誕生したのは戦後間もない昭和23年。

仙台白百合女子大学 小嶋文博 教授
「戦後の食べ物がない時代に、佐野さんという方が何かいい食材はないかと探し、牛タンに出会った」

仙台市内で焼き鳥店を営んでいた佐野啓四郎さんが、当時の日本人があまり食べることがなかった牛の舌に目をつけ、仙台名物にまで育てました。
のちの牛タン焼き発祥の店、味太助の初代店主です。

牛タン焼きは「タン元」と呼ばれる根元の柔らかい部分を使っていて、1頭から3、4人分しか取れません。
厚切りの牛タン焼きに麦飯とテールスープ、そして漬物。
今では定番となったこのスタイルは客におなか一杯食べさせたいという、佐野さんの思いから生まれたそうです。

仙台白百合女子大学 小嶋文博 教授
「戦後の食糧難でコメが少なかったということもあり、麦を混ぜて増やしビタミンを補った。冷蔵庫も普及してなく新鮮なものは難しいので、漬物にして野菜を提供した」

その後、佐野さんの弟子たちも仙台市内に店を出し、仙台の庶民の味として親しまれていきました。
平成に入ると東北新幹線が東京駅まで伸びたことも手伝い、牛タン焼きは全国的に知れ渡るようになります。

仙台牛たん振興 大川原潔 会長
「仙台に来やすくなり、観光客に牛タンを食べて頂くようになった」

仙台の食文化として定着してきた牛タン焼きですが、平成13年に、ある問題に直面します。

仙台牛たん振興 大川原潔 会長
「夜逃げ同然のところもあり、自己破産や、店舗を閉めたところも何軒かあった」

国内や海外で、BSE感染牛を確認。
牛タン焼きにも大打撃を与えました。

牛たん一福 三浦勝人 会長
「お客さんが来ないことには商売にならない。やはり風評被害というか。手の打ちようがないそうなると」

炭火焼き牛たんおやま 小山恭子 店主
「原因が分からなければ、私たちもどうしようか、店を辞めようかとなった」

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最終更新:1/12(土) 9:30
仙台放送

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