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野球人としての「心」伝える/松井秀喜8

1/12(土) 11:00配信

日刊スポーツ

平成の野球を語る上で、最重要人物が松井秀喜(44)だ。巨人の4番、球界の将来を担う逸材と期待され1993年(平5)にプロデビュー。長嶋茂雄監督から熱血指導を受け、日本を代表するスラッガーに成長した。03年からメジャーの名門ヤンキースの主軸として活躍。09年ワールドシリーズではMVPに輝き、世界一に貢献した。時代をけん引した強打者は今、何を考え、どこへ向かうのか-。新時代を前にした思いを探る。

【写真】松井秀喜氏(2018年11月11日撮影)

  ◇   ◇   ◇

巨人、ヤンキースなどで現役生活を送った松井は、長嶋茂雄、ジョー・トーリらの恩師から薫陶を受けるうち、おのずと野球界全体の将来に思いをはせるようになった。勝負の世界に身を置く限り、勝利を最優先せざるを得ない。ただ、それだけでもない。

「特に長嶋さんは、考えている次元が違う。今日の試合を勝つことよりも、もっと大きいものを考えていたと思います。近くで長いこと見てましたし、一緒にいたので、どういうことを考えているか。そばにいると、言わなくても感じてました。それは本当に貴重な出会いでした」

常勝を義務付けられ、目先の勝利だけに目を向けていると、不可欠な部分を見失う危険性もある。松井の視点は、むしろ試合の戦術、戦略面ではない。

「チームに流れている文化があるんです。それをどこまで大事にするのか。今は、そういうところにスポットライトを当てないですから」

引退後、少年少女への野球普及を目的とするチャリティー基金、NPO法人「松井55 ベースボールファウンデーション」を立ち上げた。故郷の石川からは、選手が不足し、大会に出場できない少年野球チームの話も伝え聞いた。少子化の時代。野球離れが進む子どもたちへの思いは、日に日に強くなった。不定期ながら、日米両国の各地で野球教室を開催してきた。

「危機感というところまでは…ないかな。むしろ自分が子どもの時に、そういうものがなかったと思ったんです。そういう触れ合う機会はなくて、年に1回、石川に来るだけでワクワクしていた。子どもにとって、プロ野球選手と会う機会があるだけで、何かが違えば。単に貴重な機会になってくれたら、と思います。野球だけでなく、野球以外のことでも頑張ろうと思う子がいてくれたらいいと思っています」

恩義のある古巣巨人、ヤンキースへの思い入れは人一倍強い。ただ、育ててもらった球界全体の発展を願う気持ちは、より強い。

「野球に興味のない人でも『テレビでも見ようか』と…。そう思ってほしい。そのためには、いい選手がいるというだけでなく、魅力のあるチームになってほしいです」

野球界でもハイテク化が進み、データや数字が戦術を左右し、選手の評価にも反映される時代となった。だからこそ松井は今、古くさいようであっても、伝統や文化、各チームが継承してきた「血」の大切さに目を向ける。

「今の主流が違う方向に行っちゃって、時代といえば時代だろうけど、ちょっと寂しい気がします。野球はコンピューターでやるもんじゃない。データだけでやるものでもない。じゃあ、人間が何をやるのかというと…人間は心が支配しているものだと思います」

野球人としての「心」を伝える指導者へ-。

近い将来、再びユニホームに袖を通す時、松井は何を考え、何を語るのだろうか。(敬称略=この項おわり)【四竈衛】

最終更新:1/13(日) 16:25
日刊スポーツ

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