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梅原猛さん死去=哲学者、独自の「日本学」―93歳

1/14(月) 8:05配信

時事通信

 古代史の大胆な仮説を提唱するなど、独自の視座から幅広く日本文化を論じた哲学者で文化勲章受章者の梅原猛(うめはら・たけし)さんが12日午後4時35分、肺炎のため京都市内の自宅で死去した。

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 93歳だった。葬儀は近親者で行い、後日しのぶ会を開く予定。喪主は長男で京都造形芸術大教授の賢一郎(けんいちろう)さん。

 仙台市生まれ。旧制第八高等学校(現名古屋大)を経て、1948年京都大文学部哲学科卒。大学教員の道を進み、立命館大教授、京都市立芸術大教授、同大学長を歴任した。

 西洋哲学から日本文化論に転じ、古代史や仏教を中心に、既存学問の枠を超えた幅広い視点から研究。法隆寺を聖徳太子一族の怨霊鎮魂の寺とする「隠された十字架―法隆寺論」(72年刊)、万葉歌人の柿本人麻呂の刑死説を唱えた「水底の歌―柿本人麿論」(73年刊)など数々の著作を発表。縄文から近代までを視野に収めた独創的な論考は「梅原日本学」と呼ばれ、通説を覆す大胆な論は学界の枠を超え、大きな反響を呼んだ。

 「地獄の思想」(67年刊)以降、法然や親鸞らにまつわる仏教関連の著述も多い。国際日本文化研究センター(京都市)の設立に尽力し、87年から95年まで初代所長を務めた。近年は自然と共存する文明への回帰を見据えた「人類哲学」にも取り組み、出雲神話の成立に関するかつての自説を見直した「葬られた王朝―古代出雲の謎を解く」(2010年刊)が話題を呼んだ。

 現代風に演出したスーパー歌舞伎の第1作「ヤマトタケル」(1986年初演)の台本を書き下ろすなど、伝統芸能の世界にも新風を吹き込んだ。97年から6年間、日本ペンクラブ会長。「脳死」段階での臓器移植や原子力発電に批判的立場を取り、護憲派を結集した「九条の会」の呼びかけ人にも大江健三郎さん、瀬戸内寂聴さんらと共に加わった。東日本大震災後に発足した政府の復興構想会議には特別顧問として参加した。

 92年文化功労者。99年文化勲章受章。

 梅原さんの自宅では14日朝、長男の賢一郎さんが取材に応じ、「父は哲学者として大往生しました」と淡々と話した。 

最終更新:1/14(月) 11:54
時事通信

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