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女子大生読者モデルは平成で終わる?ファッション誌で激減。もう憧れの存在ではない。

1/16(水) 12:10配信

BUSINESS INSIDER JAPAN

ファッション誌『JJ』を1年分(2018年1~12月号)を読んで、とても驚いた。女子大生の読者モデルがなかなか見当たらない。11人しかいなかった。
2017年はどうだったか。いくらページをめくっても現れない。やっと1人発見。が、それ以上は見つからなかった。
かつて『JJ』には女子大生がきらびやかな格好で所狭しと登場していた。彼女たちはどこへ行ったのか。平成が終わるとともに消え去ってしまうのか。
私は『大学ランキング』(朝日新聞出版、年刊)の編集を長く担当してきた。同誌では、女子大生の読者モデルランキングを掲載。20代女性が主要な読者であるファッション誌、『JJ』(光文社)、『CanCam』(小学館)、『ViVi』(講談社)、『Ray』(主婦の友社)の4誌に登場する女子学生をカウントしてきた。4誌は赤い見出しが多いことから「赤文字系」、共通する発売日から「23日系」と呼ばれており、2000年代まで、おしゃれに興味がある女子大生によく読まれていた。

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最近の読者モデルランキングを見てみよう(表)。

女子大生読者モデルがもっとも多かったのが2006年である。前出の4誌合計で6311人(延べ数。同じ人物が同じ雑誌、同じ号や掲載されても1人としてカウント)。1位の青山学院大は876人。この年、『JJ』に登場した女子大生は3097人もいる(『JJ』の1位は慶應義塾大332人、2位日本女子大259人)。
それから10数年以上経った今日、4誌合計で2017年は924人、2018年は414人まで減少したのである。
なぜ、ここまで女子大生が読者モデル離れを起こしたか。

「嫌味にならない着こなし」が慶應ポリシー

それを考察する前に、女子大生読者モデル史を『JJ』の歴史とともに振り返ってみたい。
4誌のなかでもっとも歴史が古いのが、『JJ』である。「1975年6月号 別冊★女性自身」として創刊。誌名の由来は「女性自身」からだ。
創刊号の目玉は、「大特集 ニュートラ スナップとお店のガイド横浜・東京・神戸・大阪」であり、読者モデルとして16歳の高校生、20歳前後の大学生が多く登場する。
『JJ』はまもなく個別の大学にフォーカスをあて、以降、30年近くこのスタイルが定着した。1976年6月号では、「神戸ニュートラ」の代表的存在として甲南女子大のセンスをこう賞賛した。

「学生たちの服装は、ワンピース派、なによりもその色の華やかな、カラフルなファッションは、とても関東では見かけられない様子です。また、小物の取り入れ方も早く、今ではグッチ、セリーヌからエレガンスなものに変わっています」

1980年代になるとブランド志向が次第に強まっていく。
1984年2月号の特集「伝統校のスクールカラー大比較」では、慶應義塾大の女子学生のファッションについてこう解説する。

「質の良いものを長く着るということを、子供のころから教えられてきた慶應の女のコたち。定着したイタリアンブランドの服も、嫌味にならない着こなしで慶應のポリシーを出しています」

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最終更新:1/16(水) 17:30
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