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「おれは鶴田さんが好きだった」涙のカリスマ・大仁田厚。その波乱万丈なレスラー人生

1/24(木) 12:00配信

メシ通

電流爆破マッチの「邪道」レスラー

日々、リング上で熱い闘いを見せるプロレスラーたち。 その試合の基盤にあるのはタフな練習、そして “食事” だ。その鍛えた身体を支えるための日々の食事はもちろん、レスラーを目指していた頃の思い出の味、若手の頃に朝早くから作ったちゃんこ、地方巡業や海外遠征での忘れられない味、仲間のレスラーたちと酌み交わした酒……。プロレスラーの食事にはどこかロマンがある。そんな食にまつわる話をさまざまなプロレスラーにうかがう連載企画「レスラーめし」。

2019年最初に登場するのは「邪道」「涙のカリスマ」として知られる大仁田厚さん。プロレスファンならずとも頭に浮かぶ顔とパフォーマンス、その知名度は圧倒的です。

プロレスデビューは1974年。新日本プロレスで初代タイガーマスクが活躍していた時代、全日本では大仁田厚がジュニアの看板を背負っていました。しかし左膝蓋骨粉砕骨折という大けがに遭い、全日本プロレスを引退することに。その後タレントや女子プロレスコーチを経て、プロレス復帰。

そして1989年、自らの団体・FMWを旗揚げします。「全財産5万円で始めた」というお金もない団体であり、また毎週テレビで放映される新日本・全日本に比べて一線級の選手もいませんでしたが、大仁田厚の生み出した最大最強のアイデア「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」で一躍ブレイク。ターザン後藤、ミスター・ポーゴを筆頭としたライバルたちと過激な闘いを繰り広げ、それまでプロレスに興味ない人も振り向かせて一躍時代の寵児(ちょうじ)に。1995年にはFMWビッグマッチの代名詞である川崎球場で2度目の引退。しかしその後復帰と引退を繰り返すなか、長州力や蝶野正洋、曙、高山善廣といった面々との電流爆破マッチを実現します。

現在は7回目の復帰を果たし、海外では「ハードコア・レジェンド」としてその名声も高く、あらたに戦いの場を広げて活動中。また2018年4月に佐賀県神埼市市長選に出馬するも落選、その後も自分の故郷である九州を盛り上げるべく同地を本拠地としつつ、日本全国、さらに世界を舞台に闘いを繰り広げています。

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最終更新:1/24(木) 12:00
メシ通

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