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【ABC特集】最寄りのコンビニまで15km 住民の7割が高齢者 「北摂のマチュピチュ」バブル期に生まれたニュータウンは今

2/1(金) 16:31配信

ABCテレビ

山道の奥にある限界ニュータウン

 大阪北部の、とある山道。その曲がりくねった道を抜けた先に現れたのは、桃源郷?…ではなく、限界ニュータウン。バブルの時代、幸せの象徴だった街が、平成の世を経て、なぜ、「北摂のマチュピチュ」とまで揶揄されるようになったのか!?

取材班が目指すニュータウンは、大阪府茨木市の中心部から20キロ離れた場所にありました。

「え?なんですかこれ。通れます?通れますか?すごい狭い。うわうわうわ、大丈夫ですか?」(ABCテレビ・島田大記者)

入り口にはまるで車の侵入を拒むように置かれたブロック。その先を進み、ようやくたどり着いたのは、1980年代、バブル期に生まれた「茨木台ニュータウン」。

近くに店も病院もなく「大勢出て行ってはる」

 住宅街でまず、目についたのは、「コンビニエンスストア」と書かれた、とある商店。しかし…

「あまり店らしくないですね。お店としてはもうやってないですね。」(島田記者)

実は、ここ、街唯一のお店だったそうです。
ニュータウンの住人に聞いてみると…

「不便。」
「Q.やはり不便?」
「買い物。病院。」
「大勢出て行ってはる。」
「空き家が多い。」

 実際に街を歩いてみると、確かに空き家が目立ちます。物置が壊れたままになっていたり、玄関には蜘蛛の巣が張られていたり…。最盛期で230世帯あったそうですが、今は150世帯に激減。商店はおろか、学校も病院もありません。しかも、住民およそ350人の7割近くが「65歳以上」という超高齢化社会。唯一の公共交通機関は、山道を20分ほど下った場所にあるバス停。

「銭原というバス停ですが、こちらからJR茨木、阪急茨木方面に阪急バスが動いています。時刻表を見ると、あら、1時間に1本もないですね。これはかなり不便だな。」(島田記者)

一番近いコンビニまで、およそ15キロ。車を運転できないお年寄りにとって、買い物さえ、容易ではありません。まさに「限界集落」ならぬ、「限界ニュータウン」となりつつありました。

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最終更新:2/1(金) 16:31
ABCテレビ

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