ここから本文です

メダリスト末続慎吾が探す「自由な走り」 苦悩の果てに見えたもの

2/2(土) 8:07配信

西日本スポーツ

 平成の時代は1992年バルセロナ大会から2016年リオデジャネイロ大会まで7回の夏季五輪が開催され、日本は計195個のメダルを獲得した。08年北京五輪の陸上男子400メートルリレー銀メダリスト、末続慎吾(EAGLERUN)は現在38歳。今も競技を続けながら、スポーツの魅力を伝える活動に力を尽くす。

【写真】北京五輪陸上男子400メートルリレーで銅メダルを獲得した日本チーム

 スタートラインに立った37歳の体を優しい拍手が包んだ。9年ぶりに戻ってきた日本最高峰の「勝負の場」で、末続は勝敗を超えた感覚に出合っていた。17年6月、大阪で開催された日本選手権。男子200メートル予選で08年以来となる同選手権に出場した。

 「戦う前に温かい拍手をもらった。以前にもあったことだろうけど、僕の心境の変化も含めてそう感じた。勝者、敗者という結果が出る世界だけど、人はそういうもの(勝敗)だけを求めて競技場には来ていないのだと肌で感じた」

 北京五輪の男子400メートルリレーで第2走者を務め、表彰台で銅メダルを手にした。日本の五輪史上初の男子トラック種目でのメダル獲得の快挙に貢献。昨年12月、ジャマイカのメンバーのドーピング違反が確定し、銀メダルに繰り上がった。だが、願い続けた栄光を手にした後から心に違和感を覚えるようになった。

 「(メダル獲得当時の)最初はうれしかった。(五輪)銀と(世界選手権)銅。日本の短距離界で歴史上、僕以上の実績はまだいない。にもかかわらず『これだったのかな…』と思った」

 03年に100メートルで日本歴代3位(当時)の10秒03をマーク。200メートルでは20秒03の日本記録を同年に出した。世界選手権では200メートルで3位になり、短距離種目で日本人初のメダルを獲得した。

 100メートルで9秒台、200メートルで19秒台、そして五輪でのメダル。期待を一身に背負い続けた。「勝つことが正しい、メダルを取ることが正しい。それが満たされることが正義と思っていた」。北京のメダルで「日本代表としての責務はある種、終わった」と感じた。

 五輪後の08年10月、無期限の休養を宣言。故郷の熊本市に戻った。「何のために走っているか分からなくなった」。当時は競技場に行くと汗が止まらず、体が震えるなど拒否反応を示したという。スパイクのひもの結び方も分からなくなった。

 帰郷直後、母校・九州学院高の禿(かむろ)雄進監督から一言だけ告げられた。「もう、自分勝手に走れ」。恩師の言葉に思わず、涙があふれ出た。同校のグラウンドで少しずつ体を動かしながら、母の和子さんには高校卒業後、熊本を出てからのことを時間をかけて話した。10年以上がたち、当時を「走ることしかしていなかったので、自分の人生を整理したかったのでは」と振り返る。

1/2ページ

あなたにおすすめの記事