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「ハルモニ、安らかにお眠りください」 東京でキム・ボクトンさんの追悼集会

2/3(日) 11:36配信

ハンギョレ新聞

首相官邸前で30人ほど追悼式開く 最近亡くなったキム・ボクトンさんのほかにも パク・ヨンシム、ソン・シンド、ペ・ボンギさんら 南北と在日コリアンを含む多くの被害者を同時に追悼

 「ハルモニ(おばあさん)、安らかにお眠りください。戦争で人が尊厳を失わないように、残った人たちが活動を続けますから、ご安心ください」

 日本軍「慰安婦」被害者のキム・ボクトンさんの出棺日である1日、東京の首相官邸前で在日コリアンと日本の市民約30人が追悼集会を開いた。総連傘下団体である在日本朝鮮人人権協会性差別撤廃部会が主催したこの日の行事に参加した市民たちは、キムさんと共にペ・ボンギさん(1975年沖縄で初めて自分が慰安婦だったことを明らかにした被害者)、キム・ハクスンさん(1991年初めて自分が慰安婦であることを公式に証言した被害者)、イ・ゲウォルさんなど、亡くなった被害者の写真を持って街頭に立った。彼らは強風が吹き荒れる中、「公式謝罪」、「責任者を処罰し賠償せよ」と書かれたプラカードを掲げた。

 長い間、慰安婦被害者の支援活動に参加してきた古橋綾氏は「慰安婦問題は歴史と外交問題である前に、一人の未来を壊した問題だ。そして、そこで何が起きたかは誰もが知っている」とし、慰安婦問題がすでに解決したという日本政府の態度を批判した。古橋氏は「十数年前、ハルモニたちが『日本政府は私たちがみんな死ぬのを待っているのではないか』とおっしゃるのを聞いた。当時、私はそうとは思えなかったが、今はそうかもしれないという疑念を抱かざるを得ない」と話した。イケダマキコ氏も「今年慰安所があった(沖縄県)宮古島に行った。地元住民の中には父親から慰安婦の存在を聞いた方々もいた。ところが、安倍晋三政権発足後は、そのような話ができなくなったと言っていた」と話した。

 キムさんの影響を振り返る人も多かった。在日コリアンの梁聡子(ヤン・チョンジャ)氏は「国連人権委員会会議で、ウガンダ性暴力被害者がキムさんから勇気をもらって『私たちも立ち上がることができた』と言ったことが印象に残っている」と話した。独立編集者の岡本有佳氏も「最近ベトナムに行ってベトナム戦争当時の性暴力被害者に会ったが、キムさんの名前がよく言われた」と話した。

 キムさんは生前、日本内の朝鮮学校に深い愛情を示し、寄付金を出した。今回の追悼会を主催した在日コリアン活動家の朴金優綺(パクキム・ウギ)氏は「ハルモニが朝鮮学校に直接尋ねて来て、『一生懸命勉強して、堂々とした人になれ』と言ってくださったことが忘れられない。朝鮮人人権運動を続けられる力になった」と語った。

 同日の追悼会は、キムさんとほぼ同じ時期に亡くなったもう一人の慰安婦被害者のLさんの追悼会を兼ねて開かれた。黙祷する捧げる間、慰安婦被害者のストーリを描いた映画「鬼郷」の挿入曲「カシリ」が流れた。「カシリ(どうしても行くのですか)、行ってしまうのですか/私を残して、行ってしまうのですか」

東京/チョ・ギウォン特派員(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

最終更新:2/9(土) 15:36
ハンギョレ新聞

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