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橋本崚、青学大OB初MGC切符 “山の神”の控えが神野超え 「ぬけぬけ病」で箱根出場なし

2/4(月) 6:06配信

スポーツ報知

 青学大出身の橋本崚(25)=GMOアスリーツ=が2時間9分29秒で5位に入り、20年東京五輪日本代表選考会(MGC、9月15日)の出場権を獲得した。学生時代は「ぬけぬけ病」に苦しむなど箱根駅伝には一度も出場できなかったが、地元の大分で激走し、青学大OBとして初のMGC進出を決めた。日本勢最高の4位になった二岡康平(24)=中電工=、6位の岩田勇治(31)=MHPS=もMGC出場権を獲得。ヒシャム・ラクーアヒ(29)=モロッコ=が2時間8分35秒で優勝した。(スタート時=晴れ、気温13度、湿度65%、北西の風1・2メートル)

 青学大時代、箱根駅伝を走るどころか“引退”のピンチに追い込まれていた橋本が故郷に錦を飾り、泣いた。MGC条件を31秒クリアする2時間9分29秒でゴールすると、GMOアスリーツの花田勝彦監督(47)と抱き合って涙を流した。テレビ解説者としてレースを見守った青学大の原晋監督(51)は「見事だった」と最大限の賛辞を贈った。

 「ほっとした。でも勝ちたかったので悔しい」。感激の中でも、橋本は日本人2位の全体5位という結果を冷静に受け止めた。そのタフな精神力は学生時代に培った。

 大分西高から鳴り物入りで青学大に入学。2年時には全日本大学駅伝6区5位と好走したが、その直後、競技人生が暗転した。長距離ランナーの間で「ぬけぬけ病」と呼ばれる症状に陥った。原因不明で足の力が抜け、接地という当たり前にできることができなくなる。「マネジャー転身について本人と話し合ったこともある」と原監督は明かす。橋本が3年生だった2014年からチームは、その後「青トレ」と呼ばれることになる体幹トレーニングを導入したこともあり、徐々に本来の力を取り戻した。

 ただ、故障が回復しても橋本の前には、もう一つ大きな壁があった。黄金期を迎えた青学大の分厚い選手層だ。4年時に全日本のメンバーに復帰し、7区3位と奮闘したが、箱根駅伝では「3代目・山の神」神野大地(25)=セルソース=の控えに回った。結局、一度も箱根路を駆けることはできなかったが、原監督は「5区を走っていれば区間3番では走った。それくらいの実力はあったし、努力をしていた」と認める。

 学生時代は後れをとっていた同期の神野や後輩の一色恭志(24)に先駆け、青学大出身者として初めてMGCに進出。「橋本は暑さに強いからMGCでも期待できる。橋本に刺激され、青学勢は続々と続くでしょう」と原監督は笑顔で話す。

 「きょうの走りではMGCでは通用しない」と橋本に慢心はない。箱根の山にたどり着くことはできなかった男は今、箱根の山より高い頂を目指している。

 ◆橋本 崚(はしもと・りょう)1993年9月26日、大分・狭間町(現由布市)生まれ。25歳。狭間中1年から陸上を始め、大分西高から2012年に青学大へ入学。箱根駅伝出場経験なし。16年に卒業し、GMOアスリーツに加入。同年12月の読売防府マラソンで初優勝。座右の銘は「一意専心」。170センチ、54キロ。

最終更新:2/5(火) 7:22
スポーツ報知

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