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『爆笑レッドシアター』が転機に。迷走したジャルジャルが自分たちのスタイルを見つけるまで

2/6(水) 12:04配信

新R25

2017年の涙の敗戦から1年。

ジャルジャルがラストイヤーとして挑んだ「M-1グランプリ 2018」では、落語家・立川志らくさんが「99点」、オール巨人さんが「93点」と、この日の最高得点を付けました。

立川志らくさんは「ひとつも笑えなかったけど、すごくおもしろかった。これがプロの芸人を笑わせる芸なのかな、と感心しています」とコメント。さらには、ツイッターでも最大の賛辞を送っています。

よく「独創的な世界観」と評されるジャルジャルの笑いですが、彼らがその世界観を作るまでにどんなストーリーがあったのでしょうか? 今回のインタビューのテーマは、「ジャルジャルが自分たちのスタイルを確立するまで」。

この記事を読んだら、「ジャルジャルのコントって変だよね」なんて軽く言うことはできなくなるはずです。

〈聞き手=福田啄也(新R25編集部)〉

2017年の「ピンポンパンゲーム」を超えるネタはもうできないと思ってた

福田:
2017年の涙から一転、2018年の「M-1」ではファイナルラウンドまで進み、お2人からは「やりきった!」というような表情が見られた気がします。

後藤さん:
そうですね。まさにその通りで、できることは全部やりきりました。

福徳さん:
ラストイヤーだったので、後悔は残らないようにしましたね。

福田:
2017年の「ピンポンパンゲーム」のときは、これで優勝するストーリーだったとお話されていました。

あのネタが最高傑作だとも。

福徳さん:
そうです。だから、2018年の「M-1」に臨むとき、2人とも「『ピンポンパンゲーム』を超えるものを作るのは無理やな…」って感じでした。

お互い口にはしませんでしたけど。

福田:
しかし「国名わけっこゲーム」は、2017年の「ピンポンパンゲーム」を超えた見事な“芸”でしたね。

あのネタはどういう経緯で生まれたんですか?

福徳さん:
あのネタができたのは、2018年の10月です。

すでに「M-1」の予選も始まってしまって、劇場の出番の合間にずっと新ネタ作りをしてました。

1日に3回ぐらい出番があるんですけど、舞台に出て新ネタを試して、戻ってきたらまたネタを作って、次の舞台で作ったネタをやってみる…という繰り返しです。

福田:
ギリギリまでかなり思考錯誤されていますね…

後藤さん:
かなりの難産でしたよ。最高だと思ったネタを超えるのって、やはり体力も気力も必要なので…

どんなにネタを作っても、心のどこかで「これではまだ超えられないな」と思ってしまう部分もありましたから。

福徳さん:
そんなもがいているときに、「国名わけっこゲーム」の原型がパッと生まれたんですよ。

ゲームを続けていけばいくほど面白くなっていって、ボクらのテンションもバンバン上がっていく。

後藤さん:
初めて「ドネシア」って言葉を発したときに、2人とも「うおおおお!!」ってなりましたね。

「ピンポンパンゲーム」の方向性で、厚みを持たせることができた。「これは完璧やな」って、お互いの目を見るだけでわかりました。

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最終更新:2/13(水) 15:00
新R25

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