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《ブラジル》アユタヤ日本人町の二の舞を演じるな=サンパウロ新聞廃刊について思うこと

2/6(水) 6:28配信

ニッケイ新聞

 昨年末をもってサンパウロ新聞(以下、サ紙)が廃刊した。あちこちから「それについて書かないのか」とせっつかれる。他人ごとではないだけに非常に気が重いテーマだ。まず思い浮かぶのは「お疲れさま。お互いよくここまで持った」という感慨だ。110周年まで日刊2紙が生き残ったこと自体、移民史上の奇跡ではないかと思う。
 邦字紙が廃刊するのは一世が減ったからだ。毎日「パパイが死んだから新聞購読をキャンセルしてくれ」とポ語の電話がかかって来る。身の回りを見たらすぐにわかる。「アミーゴがまた死んだよ」と悲しそうにする人に毎日のように会う。昨年のイベント時には顔を出していた人が、今年は姿が見えなくなっているのは日常茶飯事だ。

▼1970年に「10年でコロニア消滅」論

 だいたい、コラム子がパウリスタ新聞で働き始めた1992年でも「邦字紙はあと2、3年で潰れる」とよく言われた。  10年ほど前、過去の邦字紙をひっくり返していて1970年3月3日付のパウリスタ新聞で《十年後のコロニア/消滅するが人は位置確保》という記事を見つけ、度肝を抜かれた。  当時文協で開催されていた「ブラジル研究ゼミ」の報告会で、日本の学者・山田睦男さんが「コロニアはあと10年(1980年頃)に消滅するが、日系子孫はブラジル社会に根をはって居場所を確保している」との研究成果を発表したという記事だった。  その時点からほぼ半世紀後の現時点からすれば、まったく見当はずれの噴飯ものの研究だ。  そもそも「コロニア全盛期は移民70周年(78年)」という事実からしてもオカシイ。一番の全盛期にコロニアが消滅すると予測している訳で、まったく逆だ。  東大卒で、アジア経済研究所地域研究部調査研究員として海外派遣された新進気鋭の学者ですら、当時はそんな見方しかできなかった。彼はその後、筑波大学、南山大学、国立民族学博物館教授にまでなった。いわば日本におけるラテンアメリカ研究の権威だ。  今改めてその記事を読み返して思ったのは、「コロニアは消える」と予想したのではなく、彼は「消えてほしい」と願ったのではないかという点だ。いわゆる同化論者の匂いがするからだ。「日系人はさっさとブラジルに同化すべきだ」と思っていたのではないか。  「日本人としての矜持」を心の支えに生きてきた移民庶民の気持ちが理解できないエリート学者かもしれない。

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最終更新:2/6(水) 6:28
ニッケイ新聞

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