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「なぜ彼女だったのか」 ネットで集まった男たちの凶行 静岡・看護師遺棄事件

2/10(日) 7:00配信

毎日新聞

 昨年5月、静岡県で29歳の女性が見知らぬ男たちに突然連れ去られ、山の中で変わり果てた姿で見つかった。「サクッと稼ぎましょう!」。凶行の始まりは事件を主導したとされる男がインターネットに書き込んだ呼びかけだ。互いに面識のない男たちが書き込みに反応して集まり、無関係の女性を拉致した。

 女性は東日本大震災の被災地を訪れたことなどをきっかけに看護師になり、職場の診療所や友人から愛されていたという。「人の命を救いたいと努力していた彼女が、なぜ狙われなければならなかったのか」。公判の傍聴を続ける幼なじみはそう怒りと無念さをにじませる。裁判は真相を明らかにできないまま1審を終えようとしている。【静岡支局・古川幸奈】

<命を奪われた女性は看護師の内山茉由子(まゆこ)さん。2018年5月26日夕、浜松市内の駐車場で車に乗り込んだところ、2人組の男に車ごと連れ去られた。約2週間後、静岡県藤枝市の山の斜面に埋められた状態で亡くなっているのが見つかった。

 逮捕されたのは連れ去りを実行した2人。伊藤基樹受刑者(28)は逮捕監禁と営利目的略取罪で懲役4年の実刑判決が確定した。死体遺棄罪などに問われた鈴木充被告(43)の公判は静岡地裁浜松支部で続いている。事件を主導したとされる39歳の男が新潟市内のホテルで自殺し、殺人罪では誰も起訴されなかった>

 ◇「私は絶対に許さない」

 「なんで茉由子だったんですか」。昨年12月26日、鈴木被告の第2回公判が開かれた静岡地裁浜松支部。閉廷後、目に涙をためた女性が被告の弁護人に強い口調で訴えた。「伝えておいてください、私は絶対許さないって」。女性は被害者の幼なじみだった。

 この日の被告人質問で、内山さんを狙った時や遺棄現場まで行った際の詳しい状況を検察側から尋ねられた鈴木被告は「記憶がない」と繰り返し、謝罪の言葉を述べることもほぼなかった。女性は周りが見えなくなるほど怒りに震え、思わず弁護士の元に駆け寄ったという。「どうしても止められなかった」

 ◇被害者と男2人に「接点」なく

 検察側の冒頭陳述などによると、伊藤受刑者は事件前、東京都内の風俗店で働いていた。しかし、職場の人間関係が嫌になり、「闇の仕事」を探すためにネットの掲示版を見て、自殺した男の書き込みに気づいたという。被告人質問では「仕事をすぐに辞めたかったので食事と寝床を用意してくれればいいと思った」と話した。

 一方、鈴木被告は高校卒業後に職を転々とし、2017年秋ごろから体調不良で仕事ができなくなった。離婚した妻に子どもの養育費を渡す必要があったことなどから、ネットの掲示板で仕事を探そうとしたとされる。2人とも事件前に、内山さんとの接点はなかった。

 法廷で事件の背景を尋ねられた2人は、あいまいな説明に終始した。自殺した男とネットを通じて知り合い、報酬目的で「人さらい」を引き受けたことは一致して認めたものの、女性を狙った経緯の説明は食い違っている。

 ◇かみ合わない法廷証言

 伊藤受刑者は昨年11月に開かれた初公判の被告人質問でこんな説明をしている。

検察官   人をさらうことについては何も考えなかった?

伊藤受刑者 何も考えなかった

検察官   誰がさらう相手を決めた?

伊藤受刑者 男が「ターゲットは鈴木が決める」と指示していた

検察官   なぜ?

伊藤受刑者 分からない。聞いていない

 そのように名指しされた鈴木被告は、約1カ月後に開かれた自身の初公判で伊藤受刑者と異なる話をした。

検察官   男は連れ去る目的については何て?

鈴木被告 「自分がホストに貸した金を、ホストの彼女から回収する」と言っていた

検察官   どこの誰か知っていた?

鈴木被告  午後6時半前に出てくる

検察官   それだけで特定できると思った?

鈴木被告  今思うと、それだけの情報では断定できなかった

検察官   ホストの彼女だと思ったのはなぜ?

鈴木被告  それだけでは自信がないので、ジムから出てきた女性を見てから伊藤君とアイコンタクトをした。それが確信になって追いかけたと思う

 2人のあいまいな説明に対して裁判官が「不思議に思わなかったのか」などと問いただす場面も目立った。鈴木被告は狙った女性の情報について、内山さんの名誉を傷付けるような証言を複数したが、捜査関係者が取材に「全く確認できなかった」と語るなど、ホストの件を含めいずれも事実無根とみられている。遺族も法廷の意見陳述で「ホストとの関わりなんて一切ないのに、被告の発言がネットで好き勝手に書かれ名誉も傷つけられた」と怒りをあらわにした。

 ◇「殺された茉由子は反論すらできない」

 幼なじみの女性が怒りのあまり法廷を飛び出したこともある。1月18日に開かれた鈴木被告の論告求刑公判。鈴木被告は最終意見陳述で用意した紙を読み上げた。

 「この事件の真実や核心も明らかにされていません。なぜ彼女が殺されたのか、男は何が目的だったのか。この事件の全体像が何だったのか。何も明かされないまま、結審を迎え、私は裁かれようとしています。私自身分からないことばかりです。なぜ彼女が狙われたのかさえ分からないのです」

 まるで人ごとのような話ぶりに、女性はどうしても我慢できなかった。「あの人たちは言いたい放題言える。茉由子は殺されて否定も反論もできないのに。理不尽すぎる」

 「縁もゆかりもない若い女性を標的にした無差別的な犯行と考えられる」。昨年12月20日、伊藤受刑者への判決はそう結論づけた。

 ◇幼なじみの思い

 女性にとって、内山さんはかけがえのない存在だった。幼稚園と中学が同じで、大学は別だったが同じ京都だった。大学3年で車の運転免許を取った時は、助手席に乗ってもらい、静岡県内の灯台へドライブした。お互いが社会人になっても、「なんか疲れたね。灯台行く?」を合言葉に、よく気晴らしをした。いつも自分を否定せずにそばにいてくれる、そんな存在だった。

 女性によると、内山さんは看護師になる前は民間企業で働いていたものの、東日本大震災が一つの転機になったのだという。女性と一緒にボランティアとして福島を訪れ、被災地の惨状を目の当たりにした。「人の命を助けたい。そう考えるきっかけの一つが震災だったと思う」。女性はそう振り返る。

 「人を助けたいって努力をしていたのに。なぜ理不尽に命を奪われなければならなかったのか」。法廷に通い続けたのはそんな思いからだ。

 ◇「あの日に戻れたら」

 伊藤受刑者は懲役4年が確定し、鈴木被告の判決は2月15日に言い渡される。事件のことは多くの人たちの記憶から消えていくかもしれないが、内山さんを知る人たちの胸に黒い雲のようにかかった無念の思いが晴れることはない。

 「今までは、自分の生活が保障されていれば他人のことなんてどうでもいいと思っていた」。女性はそう話す。大切な友人を決して理解できない犯行で奪われてから、「そんな無関心さが今回のような痛ましい事件を生んでいるのかもしれない」と思うようになったという。

 女性は仕事中も街を歩いていても、内山さんのことが頭に浮かぶ。プレゼントされた腕時計は「形見」になってしまった。今も毎週、藤枝市の遺棄現場で花を供え、線香を上げる。「事件が起きてから、寝て起きたらあの日に戻っていないかなって考える。そうしたら絶対助けに行くのにって」

 ◇事件と裁判を取材して

 公判では、連れ去られた経緯や死亡するまでの詳しい状況がほとんど明らかにならず、裁判官も納得できない様子で質問する姿が印象的だった。取材に応じてくれた女性は怒りや悲しみといった感情を抱え、夜もよく眠れないという。「一生、人を恨んでいかなきゃいけないと思うと、本当につらい」。そう語っていた。

 内山さんは看護師になる夢をかなえ、人生これからという時に事件に巻き込まれた。記者は26歳で年齢も近いが、面識もない男に連れ去られ、命を落として山の中に遺棄された無念、そして遺族の悲しみは想像すらできない。

<ふるかわ・ゆきな 2016年入社。静岡支局が初任地で、事件や裁判などを担当。1966年に起きた「袴田事件」の再審請求を巡る動きも取材している>

最終更新:2/10(日) 10:17
毎日新聞

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