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「脳を活性化?」認知症アロマ療法への期待感

2/10(日) 9:30配信

毎日新聞

 65歳以上の認知症患者は過去の厚生労働科学研究などから2020年時点で600万人超に達すると予想されています。現在の65歳以上の高齢者の推計人口は約3500万人ですから、実に高齢者の6人に1人が認知症という計算になります。既存の抗認知症薬は4種類あり、いずれも症状の進行を遅らせるもので、効果も服用から1~2年で頭打ちというのが現状です。認知症治療に取り組む医療関係者は何か良い手立てはないものかと日夜奮闘しています。その一人、脳神経外科専門医の工藤千秋医師(くどうちあき脳神経外科クリニック院長)が、アロマオイルを使った研究について解説します。【毎日新聞医療プレミア】

 ◇アロマ療法の働き方とは?

 アロマオイルとは、花、草木、樹木、果実などの植物から抽出した“香り”成分を含む液体「エッセンシャルオイル」などのことです。このオイルの医学的な応用に関しては、眉唾と考える方も少なくないでしょう。もともとヨーロッパを中心に行われてきた伝統医学、民間療法ではありますが、これまでのアロマオイルによる治療に関してはさまざまな分野で研究報告があります。

 有名なものとしては、複数の臨床研究を収集・統合し、統計学的方法を用いて解析する「メタ解析」という手法で、痛みを訴える患者さんに対してアロマ療法を行った結果を解析したカリフォルニア大学の研究グループによる報告があります。この研究報告では、アロマ療法はプラセボ(偽薬)と比較して、統計学的にも明らかな痛みの改善効果があったとされています。

 なぜアロマ療法が痛みの改善に効果があったかという点については、現在、次のような説が有力視されています。アロマオイルを嗅ぐと、その微小な分子が鼻の奥にある嗅神経に付着する。その付着の刺激が、脳神経に直接、作用すると考えられています。そもそも痛みは、痛覚回路を経由した信号を、脳が感じることで生じます。アロマオイルによる刺激は、脳の痛覚回路のどこかで、良好な作用をしていると考えられます。

 ◇認知症患者でのシソ科アロマオイルの臨床研究

 私は、アロマオイルが脳に直接作用するならば「認知症患者さんの日常の症状コントロールに応用できないか」と考えました。

 アロマオイルの中でも有名な「ローズマリー」についてはすでに、脳の活性化に関する報告があります。さらに動物実験レベルでは、ローズマリーに含まれる「カルノシン酸」が、脳内で「アミロイドβ」の沈着を抑制するとの報告もあります。アミロイドβというのは、脳に沈着して神経細胞を壊死させ、アルツハイマー型認知症を引き起こすと考えられている物質です。

 私は、ローズマリーと同じシソ科植物のアロマオイルで、これまで認知症患者さんでの報告が少ない「メリッサ」(レモンバーム)の効果について臨床研究をし、昨年12月に開催された日本アロマセラピー学会九州地方会で発表しました。対象は、2008年から12年にかけて、私のクリニックに物忘れを訴えて来院され、書面で研究参加に同意を得た患者さん69人です。

 まず準備として、69人全員に、あらかじめ10~15分程度で認知機能の障害の有無を調べるミニメンタルステート検査(MMSE)を受けていただきました。この検査は、時や場所に関する見識▽計算能力▽図形を描く能力――など11項目を評価して点数化するものです。満点は30点です。23点以下で認知症の疑いがあるとされ、24~27点で認知症の前段階である軽度認知障害(MCI)の疑いがあると判断されます。69人のMMSE点数は11~23点で、全員が、認知症の疑いがある方々でした。

 ところでアロマオイルには、エッセンシャルオイルのほかに、刺激を弱めるための薄め液などとして使う植物油「ベースオイル」があります。

 今回の研究では69人の患者さんを2グループに分けました。まず約半数の35人には、「『メリッサ』のエッセンシャルオイルにベースオイルを加えた」オイルを使ってもらいました。残りの34人には、ベースオイルだけにしました。

 ベースオイルには特に有効な作用があるとは考えられていません。つまりベースオイルだけの34人は、医薬品の臨床研究でいう「偽薬群」と同じ位置づけで、「メリッサ」でなくても「何かオイルを吸入した」だけで生じる効果の有無を調べるためのグループでした。

 さて、いずれの患者さんたちにも、オイルを0.1ml垂らしたティッシュペーパーを鼻の前で5分間持ち続けて、息を吸い込み、においを嗅いでもらいました。そして、嗅ぎ始める5分前から、嗅ぎ終わった5分後までの計15分間に、一人一人の脳波を測定。嗅ぐ前後で、脳のどの部分の活動が、活性化や鎮静化したかを調べました。この際には、脳の立体的な形をコンピューターで画像表示し、その画像の色分けで活動の変化を示す「NAT解析」という方法を使いました。

 なお、メリッサの作用を脳波で調べることにしたのは、患者さんの研究参加の負担を一時点に抑えながら、効果を測定するのに適しているからです。また、単一のクリニックでは、認知症患者さんの長期追跡は困難という事情もありました。

 ◇アロマオイルを嗅ぐと脳の一部が活性化

 脳波分析の結果、メリッサを吸入した患者さんたちは、脳の「左前頭前野」「側頭葉」「後頭葉後部」が、ベースオイルのみを吸入した患者さんたちと比較して、活性化していました。この活性化は、統計学的解析でも明らかでした。

 前頭前野は、まさに「人が人たる人格を形成する」部位。側頭葉は、主に聴覚情報の処理を行う部位。後頭葉は、視覚情報の、空間や色の認識を行う部位です。人では左の前頭前野、側頭葉の内側部にあるへんとう体が活性化されると、情緒が安定し不安感情が消失します。

 メリッサが脳を活性化する仕組みについては推察になりますが、同じシソ科のアロマオイルのローズマリーと比べ、メリッサは、不安、緊張を抑制する「βカリオフィレン」という物質を多く含んでいるからではないかと考えています。

 認知症の患者さん、とりわけ初期の患者さんは「自分の言動が周囲とかみ合わない」ことに気づいている場合も多く、そのことに不安を感じています。そうした不安が、βカリオフィレンを多く含むメリッサの吸入で、緩和されたのだろうと考えられます。私はこの結果から、通常の認知症での薬物治療開始のベースとなる「心の安定」を、アロマ療法で誘導できるのではないか、と考えています。

 ◇アロマ療法のエビデンス確立を

 私の報告も含め、アロマ療法は、効果的という研究報告は一部にありますが、まだまだ一般的な薬などと比べると、科学的なエビデンス(根拠)は少ないのが現実です。

 ただ、これだけ認知症の問題がクローズアップされ、介護者も含め困っている人がいる中で、「エビデンスが薬ほどない」ということで、アロマ療法の研究を無視したり、利用せずに放置したりするのは適切ではないと思います。

 一方、今回は肯定的な評価を紹介しましたが、アロマ療法にも欠点はあります。植物から抽出した成分を使っているため、人によってはアレルギー反応が出ます。アロマオイルの瓶のふたを開けたままそばに置くだけで、皮膚がかぶれる人もいます。よく「自然物はアレルギーが少ない」という不確かな情報が流布されていますが、これは間違いです。化学合成品は人でのアレルギー反応をチェックしてから市販されることがほとんどで、むしろ自然物の方がアレルギーの原因となることが少なくないのです。

 認知症で困っている患者さんやご家族の中には「アロマ療法を試してみたい」と思う方もいるでしょう。その場合は「なるべくならば主治医に相談してみてほしい」と個人的には思います。これは、「アロマ療法が本当に有効かどうか」について判断できるエビデンスの構築により多くの医師が参加してほしいと思うからです。【聞き手=ジャーナリスト・村上和巳】

最終更新:2/10(日) 9:30
毎日新聞

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