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2度の万博に深い情熱 橋下氏擁立にも関与 大阪の復権唱え続け

2/10(日) 20:16配信

毎日新聞

 豪快な人柄とユニークな発想で、大阪の政財界にも大きな足跡を残した堺屋太一さんの訃報に、在阪関係者からも哀悼の言葉が相次いだ。1970年の大阪万博に企画担当として携わった経験から、大阪府・市の特別顧問を務め、生まれ故郷・大阪の復権に情熱を傾けた堺屋さん。「もう一度、万博の熱気を大阪に」と2025年大阪・関西万博の誘致を支援。昨年11月に実現し、活躍が期待されていたさなかの悲報だった。

 堺屋さんは、08年の大阪府知事選で初当選した橋下徹氏の擁立に関与。その後、橋下氏らが発足させた大阪維新の会の「ブレーン」として支えてきた。「道頓堀プール」など実現しなかったアイデアもあるが、万博誘致など大阪のまちづくりにかかわってきた。

 「2025年万博はぜひ、若い力で成功させましょう」。大阪市の吉村洋文市長は、昨年末、堺屋さんに開催決定を報告すると、そう元気に返されたという。吉村市長は訃報に接し、「『東京一極集中はダメだ。大阪がもっと頑張らないと』と励まされた」と振り返り、「25年の開会式では、ぜひテープカットをお願いしたいと思っていたが、残念だ。ご遺志を継ぎ、素晴らしい万博にしたい」と沈痛な表情で語った。

 堺屋さんを「御大」と呼び、親交が深かった大阪府の松井一郎知事も「開催決定の夜にお電話を差し上げると、すごく喜んで『僕も力を貸すよ』とおっしゃっていただいた。一緒に万博を盛り上げていきたかった思いでいっぱいです」と追悼のコメントを出した。

 昨年11月、東京の堺屋さんの事務所で面会したという府職員は「70年万博の映像を流しながら、たくさんの思い出話をうかがった。誘致活動中も『絶対、勝ってね!』と鼓舞してくださった。万博への造詣が深く、思い入れは日本一強い方だった」と惜しんだ。【津久井達、真野敏幸】

最終更新:2/11(月) 0:53
毎日新聞

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