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万博に岡本太郎さん起用、「油断」「団塊の世代」で近未来小説確立・・・堺屋さん、多方面に足跡残す

2/10(日) 20:43配信

毎日新聞

 8日死去した堺屋太一さんは、博覧会プロデューサー、ベストセラー作家、経済評論家、閣僚、学者などさまざまな肩書を持ち、幅広い分野で活躍した。「団塊の世代」の造語に代表されるように、社会現象や流行をいち早く読み取る能力に優れ、鋭い感性で社会への発信を続けた。

 堺屋さんは大学時代、建築家を志した。その時の知識や人脈は、1970年の大阪万博を若手芸術家たちの祭典へと導くことになった。

 大阪万博では岡本太郎さん(画家)、磯崎新さん(建築家)、黒川紀章さん(同)、横尾忠則さん(画家)、森英恵さん(デザイナー)、コシノジュンコさん(同)らが活躍。通商産業省(現経済産業省)の担当官僚として若手を積極的に抜てきし、世界に飛躍する切っ掛けを作った。常に時代を先取りする堺屋さんの目が、若い才能を開花させた。

 まだ知名度が高くはなかった岡本さんを展示プロデューサーに充てたのも堺屋さんだった。「若いエネルギーが爆発した万博だった」と昨夏の毎日新聞の取材に笑顔で答えた。

 その後も万博への情熱は衰えず、沖縄開発庁出向中の75年には沖縄海洋博を手掛けた。2001年には、愛知万博(05年開催)に向け、一時、万博協会最高顧問を務めたほか、10年の中国・上海万博では日本産業館の総合プロデューサーを務めた。

 作家としては75年の小説「油断!」で、近い将来を予測する「近未来小説」という新たなジャンルを築いた。76年の「団塊の世代」では、約700万人の団塊世代が20代後半だった当時、20年後のリストラを予測し、現実となった。「峠の群像」や「秀吉」などの歴史小説はNHK大河ドラマの原作になった。

 経済や景気を素早く分析する才能にもたけていた。98年7月から約2年半務めた経済企画庁長官の在任中、自身の発案で、タクシー運転手や小売店店主などに直接話を聞く「景気ウオッチャー調査」を開始した。

 関係者によると、今年の年賀状には「大阪で万国博が開かれます 生涯に二度の万国博 また夢を膨らませましょう」と書いた。25年の大阪・関西万博に亡くなる直前まで期待をかけていた。

最終更新:2/12(火) 13:42
毎日新聞

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