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堺屋太一さん死去 「大阪のカリスマ」70年万博立役者、橋下徹氏担ぎ…

2/10(日) 22:48配信

産経新聞

 堺屋太一さんは平成20年2月に就任した橋下徹大阪府知事(当時)の後見人的な役割を果たしていた。橋下氏を知事選に担ぎ出した一人として、ともに街宣活動を行うなど尽力。さらに23年12月からは大阪府市の特別顧問として、府市の行政方針や課題への指導や助言を行ってきた。

 堺屋さんは、通商産業省(現経済産業省)に入省後、大阪での万博開催を提案。1970(昭和45)年の大阪万博を大盛況に導いた立役者としても知られる。それから55年ぶりとなる2025年大阪・関西万博の開催が決まった大阪府の松井一郎知事は10日、自身のツイッターで「2004年にお会いして以来、大変お世話になり心より感謝しております。昨年の11月23日万博決定の報告を現地から連絡し話したのが最後となりました。『一緒に万博やろう』とおっしゃていたのに、残念です。ご冥福をお祈りいたします」と投稿した。

 「大阪のカリスマ、星とも言える人だった。あそこまでの存在感がある人はなかなかいない」。大阪市の幹部は振り返り、「大阪が栄えていた、強かった時代を体験として持っていた。だからこそ、東京に埋没してしまう大阪への危機感も人一倍あったのだろう」と話す。

 この幹部は約1年半前、万博誘致のため大阪府市の担当者らや関西財界人が集まった会合で、堺屋さんが万博のこれまでの歴史や経緯、なぜ誘致が必要なのかを熱心に話していた姿が忘れられないという。「堺屋さんの意志を今度はわれわれが受け継ぎ、万博の成功、大阪を元気にするというミッションを成功させたい」

 堺屋さんは平成23年には、大阪の広域行政や二重行政の解消などについて話し合う府市の会議で、4年以内に大阪の「10大名物」をつくることを提案。市中心部の道頓堀にプールを造って世界遠泳大会を開催する案や、「大阪都」の発足に合わせて博覧会を開催する案などを披露していた。

 府のある幹部は「職員では考えつかないような発想で、具体的な提案をどんどんしてくれていた。本当に大阪を愛していた。体調が優れないと聞き心配していたが…。非常に貴重な方だった」と惜しんだ。

最終更新:2/10(日) 22:48
産経新聞

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