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万博尽力、街角景気、新エネ開発に先見…堺屋氏死去

2/10(日) 22:50配信

産経新聞

 8日に堺屋太一氏が死去し、ゆかりある関係者や経済人から悼む声が相次いだ。通商産業省(現経済産業省)の若手官僚として昭和45年の大阪万博の開催にかかわり、作家として活躍。民間人閣僚として経済企画庁長官を務め、国家の政策立案に力を注ぎ、関西の活性化にも取り組んだ功績をしのんだ。

■これから万博…知見を得たかった

 「関西唯一のプロデューサーだった」。大阪万博の収益金の一部を基金として受け継いでいる「関西・大阪21世紀協会」の堀井良殷(よしたね)理事長(82)はこう振り返った。

 平成25年9月の東京五輪開催決定直後、知人のパーティーで顔を合わせた際には、「東京で2度目の五輪をやるのなら、次は大阪で2度目の万博だよ。2025年だな」と真顔で語っていたことが印象的だったという。「当時はみんな冗談だと思っていたがご本人の中ではビジョンがあったのでは。常に時代を的確に捉え、先を見据えた発想をもっていた」と話す。

 地域活性化の仕掛けをライフワークの一つにしていた堺屋さん。計画は頓挫したものの、大阪屈指の繁華街、ミナミの道頓堀に巨大プールの開設を提案し、驚きを呼んだ。

 元関西経済連合会会長の秋山喜久さん(87)=元関西電力会長=は昭和45年の大阪万博の準備を担う関西財界側の担当者の1人として、同年代の堺屋さんとひんぱんに顔を合わせた。会場までの輸送力の増強策など「国の承認が必要な案件は表に立って、柔軟に対応をしてくれた」と話す。

 元関西経済同友会事務局長の萩尾千里さん(81)は「戦時中に進んだ東京一極集中が関西の活力をそいだということを持論にしておられた」と振り返る。「仕掛けだけでなく、実行力もあった。次の万博は何をやりどう次世代につなぐか。我々に問われていると思う」とする。

 関経連の松本正義会長(74)=住友電気工業会長=は「これから、2025年の大阪・関西万博の準備を進めるなかで、万博に携わってこられた堺屋氏の知見を得たいと考えていたところであり、ご逝去は残念でならない」とコメントした。

 大阪商工会議所の尾崎裕会頭(68)=大阪ガス会長=は「2025年大阪・関西万博は、新しい未来を世界に発信するとともに、(堺屋氏が名付けた)『団塊の世代』が高齢者として『いのち輝く未来社会』の主役になれることを目指したい。その実現をぜひともご覧いただきたかったが、非常に残念」とのコメントを発表した。

■街角景気発案、新エネルギーに先見

 第1次安倍内閣と福田内閣で民間人閣僚として経済財政担当相を務め、堺屋氏と親交のあった大田弘子政策研究大学院大教授(65)は「卓越した言葉の使い手。『油断!』や『団塊の世代』という小説のタイトルが示すように、表現の難しい経済をわかりやすく抜群のセンスで伝えた方だった。時代の先をみて、経済を人々に身近に感じさせることに長(た)けていた」と振り返った。小売店やタクシーらに景気情勢を聞いてまとめる統計「景気ウオッチャー調査」は、堺屋さんが発案し、経企庁長官だったときにスタートした。庶民の声を取り入れた統計は「街角景気調査」と呼ばれ、今でも景気実感に最も近い経済統計に位置付けられている。

 元経済産業省官僚で、大阪府・市の特別顧問の岸博幸慶応大教授(56)は、「通産省出身者はたくさんいるが、政策立案の能力がずば抜けていた」と振り返った。「現在、再生可能エネルギーが注目されているが、堺屋さんはすでに官僚時代の1970年代後半、『サンシャイン計画』という新エネルギーの技術開発に取り組んでいた。先見の明があると同時に歴史観がしっかりしていた方だった」と話す。

 「民間人閣僚としても大きな実績を作ったことで、のちに竹中平蔵元総務相(現東洋大教授)ら民間人閣僚の政府での登用につながった」と功績を語った。

 「堺屋さんに会うと、とにかく長い時間お話をしてくださった。若い官僚に伝えたいことが多かったのだろう。大阪万博の開催が決まっただけに、いろいろアドバイスをしたかったことと思う」と悼んだ。

最終更新:2/10(日) 23:21
産経新聞

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