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福島大熊町「じじい部隊」解消 町役場も業務開始へ

2/10(日) 19:57配信

日刊スポーツ

東日本大震災発生から8年を前に日本記者クラブ取材団の一員として、東京電力福島第1原発や全町避難が続く大熊町に入った。第1原発は除染が進み、2号機、3号機の間も防護服や全面マスクなしで歩けるようになった。大熊町は新元号となる5月、8年ぶりに町役場が戻る。110万トンの汚染水、廃炉まで40年という気が遠くなりそうな作業が続く中、いくつかの明るい話題があった。

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「じじい部隊」を自称し、大熊町の留守を守ってきた6人が晴れてお役御免になる。元総務課長の鈴木久友さん(66)を中心に平均年齢65歳。避難先の郡山やいわきから町に通い、町内を巡回。一時帰宅する町民をサポートしてきた。施政方針演説で大熊町に役場が戻ることに触れた安倍首相も「家々の見回り、草刈り、ため池の管理。将来の避難指示解除を願う地元の皆さんの地道な活動が実を結びました」と紹介した。

原発事故で全町避難した町は役場を会津若松に移転した。「役場のない所に住民が戻って何か起きたら大変。退職組で頑張ろう」(鈴木さん)と立ち上がったのが13年4月だった。以来6年。鈴木さんは「ようやく任は解けた。本当の退職だね」と笑った。

庁舎は町で最も線量が低い大川原地区に3月完成を目指して建設中だ。5月7日から業務を開始する。近くには公営住宅50戸、40世帯が入る賃貸アパートも建設している。6月にも避難指示が解除されれば、第1原発立地自治体で初の住民帰還が実現する。公営住宅は60世帯以上から申し込みがあり、抽選になった。

事故から8年で、町民は会津に約900人、中通りに約1800人、浜通りに約5200人、県外に約3000人とちりぢりになった。そんな町に生まれた明るい話題。志賀秀陽復興事業課長(59)は「小学生のお子さんも1人いました。『家族と一緒に帰りたい。富岡町の小学校に通って(将来は今春から中高一貫になる)ふたば未来学園に行きたい』と言っているそうです」とうれしげだった。

第1原発を囲むように町には中間貯蔵施設が建設されている。まだ除染作業に入れない帰還困難区域も広がる。町の調査では「戻りたいと考えている」は2年前に比べ1・8ポイント増えたとはいえ14・3%。「戻らないと決めている」は55・3%で半数を超す。それでも鈴木さんは「会津から今まで2時間かけていたのが、これからは職員が自分の目で現場を見て、思う存分、仕事ができる」と話し、きっと道は開けると信じている。【中嶋文明】

最終更新:2/11(月) 20:45
日刊スポーツ

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