ここから本文です

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち ベツレヘムの「壁」とメキシコの「壁」

2/11(月) 17:00配信

J-CASTニュース

 2018年から19年にかけての年末年始に、初めてイスラエルを旅した。今回も番外編「イスラエルで見聞きした『トランプのアメリカ』」を伝える。

 前回の記事「エルサレムの米大使館を見に行く」で、米大使館に向かうバスの中で出会ったユダヤ人女性は、私を娘の家に連れていった。

 娘夫婦を交えて話していた時、イエス・キリストの生誕地として知られるベツレヘムの話になると、3人は口をそろえて、「ベツレヘムになんて怖くて行けない。私たちがユダヤ人だとわかれば、殺される」と言った。

■「ユダヤ人とわかれば、殺される」

 バスで出会った女性はベツレヘムへ行ったことがあるが、その時はユダヤ人であることがわからないように、ポーランド政府発行のパスポートを使ったという。

 ベツレヘムは、ヨルダン川西岸地区の南部、パレスチナ自治区にある。西岸地区は、1948年の第1次中東戦争後にヨルダンに占領され、その後、1967年の第3次中東戦争でイスラエルに占領された。今もほとんどの土地はイスラエルに統治され、統治者によって3地区に分けられている。パレスチナ政府が実権を握るA地区は、全体の2割にも満たず、ベツレヘムや、パレスチナ自治政府の事実上の首都ラマッラなどが含まれる。

 その周辺のハイウエイや検問所には、「この道路はパレスチナが実権を握る"A地区"に通じる。イスラエル市民の立ち入りは禁止。生命の危険あり、イスラエルの法律に違反する」と書かれた看板が立っている。

 ベツレヘムはエルサレムの南10kmの距離にあり、高さ8mの厚い壁によって隔てられている。この分離壁は2002年にイスラエル政府が、ヨルダン川西岸地区との境界に、「テロ防止のため」に作り始めたものだ。イスラエルのユダヤ人がもうほとんど見ることのない壁の向こうには、いったいどんな世界があるのか。

キリスト生誕の地のイスラム教徒

 私たち夫婦は2018年のクリスマスイヴに、エルサレムからバスに揺られ、イルミネーションが闇夜に輝くベツレヘムの町にたどり着いた。キリストが生まれたとされる聖誕教会に隣接する聖カテリナ教会で、深夜ミサが行われ、世界中から訪れるキリスト教徒らとともに祈りを捧げた。

 クリスマスの雰囲気を感じさせるのは、教会とその前のマンジャー広場周辺くらいで、あとはアラブの世界。ここはパレスチナ内でキリスト教徒が最も多い地域のひとつだが、住民の大多数はイスラム教徒だ。

 宿の主、パレスチナ人のデービッドは、深夜ミサのあと、午前2時近いというのに教会の近くまで車で迎えに来てくれた。宿代には朝食しか含まれていないのに、どの客のためにも彼の妻が栄養たっぷりの美味しい夕食を作り、大きなお盆にのせて温かいまま家族でそろって部屋まで運んでくれた。

 デービッドの親は、ユダヤ人に土地を奪われたという。車で私たちを案内しながら、「ここはパレスチナなのに、あっちにもこっちにもユダヤ人入植地ができた。ベツレヘムを取り囲んでいる。どんどん押し寄せてくるんだ」と吐き捨てるように繰り返した。

  「水の量を厳しく制限され、イスラエルを批判することも、自由にここを出ることもままならない。イスラエル兵がやってきて、パレスチナ人を逮捕していくのは、日常茶飯事だ」

 そのあと、私たちだけでベツレヘムの町を歩くと、パレスチナ人たちは口を揃えて気さくな笑顔で、「Welcome.(ようこそ)」と歓迎してくれた。トウモロコシ売りの青年は、「僕らは日本が好きだよ」と夫と肩を組み、写真に収まった。

 店先のテーブルで食事していたアラブ人の2家族は、「一緒に食べろ」とテーブルと椅子を持ってきて、次々に料理を追加注文し始めた。彼らはイスラエルの都市ナザレのそばに住む旅行者で、キリスト教徒だった。50代くらいの女性が、「ここに住むアラブ人たちは気の毒だわ。私たちの地域では、ユダヤ人もアラブ人も一緒に暮らしているのよ」とつぶやいた。

1/2ページ

最終更新:2/11(月) 17:00
J-CASTニュース

あなたにおすすめの記事