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蝶野正洋が振り返る平成プロレス 大仁田厚との電流爆破戦はパフォーマンスで対抗

2/11(月) 10:04配信

デイリースポーツ

 今回は大仁田厚さんとのノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ(99年4月10日、新日本プロレス・東京ドーム大会)について話そう。あの当時、新日本は年に4回ぐらいドーム大会をやっていてた。大きいドームにお客を入れるにはプロレスファン以外に向けて発信するような、それなりのドームカードというのが必要になる。自分はそこをやらされることが多かった。

 新日本での電流爆破は初めて。自分はnWo、TEAM2000とヒールユニットを組んでいたけど、試合はストロングスタイルで、大仁田さんのようなギミック(触れ込み、道具などを意味するプロレス用語)を使った試合というのは認めていなかった。たぶん、当時の新日本の選手も同じだったと思う。だけど、自分が唯一、色の違った相手を料理できるということで抜てきされてしまったんだ。

 他の選手だったらつぶすだけで終わってしまう。大仁田さんはパフォーマンスでつぶし合う形で、見せ方が全然違った。新日本はストロングスタイルという芯があるから、そこからちょっと外れるだけで目立つ。タバコを吸ってはいけないところでタバコを吸えばいいだけだから(大仁田は禁煙にもかかわらず、タバコを吸いながら入場)。みんながタバコを吸って凶器を使ってたら目立たない。大仁田さんもやりやすかったと思う。

 電流爆破というのはパフォーマンス、ギミック。その中で、いかにメジャーなスケールでパフォーマンスをやるか。だから、こっちも演出を考えて、君が代を流しながら軍用車のハマーで入場した。結果は両者爆破KO。大仁田さんのスタイルはまったく認めていなかったけど、ある意味、やっていて面白かったよ。

 ドームカードといえば、02年10月14日の東京ドーム大会で、WWF(現WWE)にいた女子プロレスラーのジョーニー・ローラーとシングルマッチをやったこともある。当時はアントニオ猪木さんがアメリカで新日本のLA道場を立ち上げて、そこを経由して独自に選手を引っ張ってきていた。その中で、猪木さんがプロモーターとして、どう料理するんだ、新日本プロレス?という感じで連れてきたのがローラーだった。新日本のレスラーはみんな、女なんか誰も相手しないよという雰囲気だったけど、自分が当てられた。またかよと思ったよ。とにかく、変わった相手が来ると任されることが多かったね。(プロレスラー)

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