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中国経済のプラットフォーマーを読み解く―廉 薇,辺 慧,蘇 向輝,曹 鵬程『アントフィナンシャル――1匹のアリがつくる新金融エコシステム』西村 友作による解説

2/11(月) 7:00配信

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急速にキャッシュレス化が進む中国でシェアトップの第三者決済サービス「アリペイ」を運営するアリババ・グループのフィンテック企業、アントフィナンシャル。北京大学デジタル金融研究センターが企画、執筆してその全貌を明らかにした『アントフィナンシャル』邦訳解説の抄録を、ここに特別公開致します。


◆「アリの新たな挑戦」―中国経済のプラットフォーマーを読み解く

◇決済を制する者が、市場を制す

外部企業にビジネス基盤となる製品やサービス、システムなどを提供して高い収益を上げる事業者は「プラットフォーマー」と呼ばれている。世界では、GAFA(Google, Apple, Facebook, Amazon)がよく知られており、それぞれ独自のビジネス形態でユーザーの囲い込みを行い、そこから得られるビッグデータを活用し、収益につなげている。

中国の場合、その大きな特徴は、経済活動において最も信用が必要とされる「決済」がプラットフォームとなっている点であろう。その起点となったのが、人と人の信用関係が希薄で、クレジットカードが普及していない社会において、「中国の人々の信用問題に真の解決をもたらした〔…〕「保証取引」に源を発するアリペイ」(本書14頁)である。

モバイルインターネットの時代に突入し、スマートフォン(スマホ)が社会インフラとなった中国では、スマホにインストールされた決済アプリをプラットフォームとして、これまでなかった新しいタイプのビジネスが次々に生まれ、巨大なエコシステム(生態系)が形成されている。

スマホの爆発的な普及の流れに乗り、アリペイ(支付宝)に続いて急成長を遂げたのがテンセントの「ウィーチャットペイ」(微信支付)であり、この二大プラットフォーマーがさまざまな分野で、囲い込みによる熾烈なシェア獲得競争を繰り広げている(第2章参照)。プラットフォーマーはユーザーに自社の決済アプリで支払わせることにより大量の取引データを収集し、それを個々の消費動向に合わせた販売促進、広告事業に活用することができる。また、続々と出てくる新しいビジネスは全てこの決済サービスを前提に設計されており、まさに「決済を制する者が、市場を制す」と言っても過言ではない。


◇競争で高まる利便性

ウィーチャットペイという強力なライバルの出現により、「アリペイのインターネット決済分野での独占状態は打破された」(92頁)。追われる立場にあるアントフィナンシャルは、マネー・マーケット・ファンド(MMF)「余額宝」、クレジットサービス「花唄」、信用スコアリングサービス「芝麻信用」といった新しい金融サービスを矢継ぎ早に開発し、ユーザーの囲い込みを行っている(第Ⅱ部参照)。

これにより恩恵を受けたのが国内ユーザーである。例えば、余額宝と花唄を同時に使いこなすことで金利収入を得ることが可能となった。花唄は実際に消費した月の翌月10日までに返済すれば無利子で利用できるため、現金で購入せず、同額をその期間余額宝で運用すれば金利を得ることができる。余額宝のアカウントから直接返済することも可能で、花唄も「余額宝を使えば一定の収益を得ることができる」と謳い、この2サービスの並行利用を奨励している。

芝麻信用のスコアは、アリペイや余額宝、花唄といったアントフィナンシャルが提供する金融サービス利用することで点数が高くなる仕組みになっており、信用スコアが一定基準を超えると、様々な信用サービス(特典)を受けることができる。例えば、借家やホテル、レンタカー、シェア自転車などのデポジットが不要になったり、消費者金融でお金が借りやすくなったりする。花唄の利用の可否や利用限度額もこのスコアによって評価、判断される。また、海外旅行の際のビザの申請手続きが、一部の国については簡単に行うことができるようになる。

個人ユーザーにとってみれば、余額宝と花唄を使うことで金利収入を得ると同時に、芝麻信用のスコアのアップにもつながり、よりよい特典を受けることができる。企業にとっては、芝麻信用を利用することは信用リスクの抑制にも資するため、アリババ・グループ以外の外部企業でも積極的に利用されるようになっている。実際に、芝麻信用が収集する「データの90%以上がアントやアリババの系列外から得た情報となっている」(207頁)。一方、アントフィナンシャルにとっても、多くのデータが集まることで信用評価に関する分析精度も高まる上、自社のビジネスの拡大にもつながる。まさに「三方よし」のモデルが出来上がっていると言えよう。

アントフィナンシャルの金融サービスの恩恵はこれだけにとどまらない。一貫して小さな世界に専念してきたこのテクノロジー企業が生み出す金融イノベーションにより、「“高”(ハイエンド)、“大”(品格の高いこと)、“上”(上等であること)」(327頁)に価値を置く既存金融機関だけでは対応しきれていなかった中小・零細企業融資(第4章参照)や、「既存金融機関から忘れ去られ、社会の隅に追いやられていた広大な農村金融市場」(313頁)に存在した多くの課題も解決へと向かっている。アントフィナンシャルは、中国経済にとって不可欠な存在にまで成長したといえよう。


◇アリを取り巻く規制の強化

しかし、2017年後半以降、アリババやアントフィナンシャルを取り巻く中国国内の規制環境は激変している。

企業によるイノベーションに対し開放的な政策をとってきた中国政府は、基本的には新しい試みに対し過度な規制をかけず、問題が表面化した時点で対処するというスタンスをとってきた。しかし最近では、成長スピードが速すぎて事後対応では間に合わなくなってきており、事前に規制を強化する動きがみられるようになっている。

2018年8月、電子商取引(EC)に特化した法律「中華人民共和国電子商務法」が成立し、アリババの中核事業であるECに対する規制強化が始まった。同法は知的財産権や情報開示、納税、広告など幅広い内容を網羅しており、出店者の違法行為を放置したプラットフォーム企業も連帯責任を負うことを規定している。つまり、アリババが運営する「淘宝(タオバオ)」や「天猫(ティエンマオ)」などのECプラットフォームにとっては、出店者に対するモニタリングを強化する必要が生じ、運営コストやリスクの増大は避けられないだろう。

一方、アントフィナンシャルの本業である金融に関しては、さらに厳しく制限を受けることとなる。2017年12月に開かれた、中国共産党と国務院が年に一度開催する最高レベルの経済会議である「中央経済工作会議」において、今後3年は金融リスク抑制に重点を置くことが決定された。中国の金融システム全体にまで影響を及ぼしかねないほどの規模にまで拡大したアリペイやウィーチャットペイなどの第三者決済サービスに対しても、中央銀行である中国人民銀行が規制を強めている。

これまで、第三者決済サービスの口座は直接銀行口座とつながっており(直連モデル)、中国銀聯が運営する「銀聯ネットワーク」(日本の全銀ネットに相当)を経由しないため、中国人民銀行はその実態を把握できず、マネーロンダリングや違法な海外送金などが懸念されていた。このような中で誕生したのが、第三者決済事業者と銀行をつなぐネットワーク「網聯」を運営する網聯清算有限公司(Nets Union Clearing Corporation, NUCC)である。NUCCの筆頭株主は12%の株式を保有する中国人民銀行清算総中心(中国人民銀行清算総センター)で、政府系機関が37%を、残りの63%をアリペイやウィーチャットペイなどの第三者決済サービスを運営する第三者決済機関が保有する形となっている。

具体的には、2017年8月に「非銀行決済機関によるネットワーク決済業務の直連モデルから網聯プラットフォーム処理方式への移行に関する通知」(関於将非銀行支付機構網絡支付業務由直連模式遷移至網聯平台処理的通知)が中国人民銀行支付結算司より公布され、第三者決済サービスが銀行口座と直接連結するこれまでのモデルは禁止となり、2018年6月30日以降は網聯プラットフォームで清算を行うことが義務付けられた。これにより第三者決済サービスのすべての決済情報を当局が把握できるようになった。

また、2018年6月に発表された「決済機関における顧客準備金の集中預入管理関連事項の実施に関する通知」(関於実施支付機構客戸備付金集中存管有関事項的通知)では、利用者が前払いした金額(アリペイやウィーチャットペイのウォレット内に預けているお金)の100%を指定口座で保全するよう義務付けられた。それまでの保全比率は約50%で、第三者決済業者はその残りを銀行に預けるなどして金利収入を得ていたが、この利子収入はゼロとなる。したがって、これまではこの利子収入を原資として安価な決済サービスを提供することができていたが、今後コストがかさんだ場合には、手数料の引き上げなどが起こる可能性も考えられよう。


◇テックフィン企業の新たな挑戦

アントフィナンシャルが直面しているのは決して逆風ばかりではなく、追い風となり得る変化も近づいてきている。それは、アントフィナンシャルが手掛けるすべての業務のベースとなっているインターネット環境の変化である。通信速度が現行規格の約100倍といわれている第5世代移動通信システム(5G)の導入が近づいており、2019年には5G対応のスマホが中国メーカー各社から発売される予定となっている。

アントフィナンシャルは「“テック”(技術)のみを扱い、金融機関がうまく“フィン”(金融)を行えるようサポート」する「テックフィン(TechFin)企業」を標榜している(第9章参照)。通信環境の変化は生態系基盤の変化であり、アントフィナンシャルのようなテクノロジー企業にとっては大きなビジネスチャンスとなるであろう。事実、4Gの導入によるモバイル通信回線の高速化により、エコシステムの核となるオンライン決済やわれわれが想像もしなかったようなサービスが相次いで開発され、アントフィナンシャルは大きく発展した。

本書で描かれているように、アントフィナンシャルは様々な困難に直面しては、それを乗り越えることで飛躍的な成長を遂げてきた。「アリのようにちっぽけでも、心を一つにして協力すれば驚くべき力を発揮できます。ゴールへの道の途中であきらめてしまうことは決してありません」(241頁)と彭蕾元董事長が説明する社名の由来からもわかるように、アントのDNAには「不屈の精神」が深く刻み込まれている。「夢」の実現に向かって挑戦しつづけるアリのさらなる成長を期待したい。

(この記事は『アントフィナンシャル』巻末解説の一部を抜粋、変更したものです)

[書き手]西村 友作(対外経済貿易大学国際経済研究院 教授)

みすず書房

最終更新:2/11(月) 7:00
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